◎第拾漆話


あれから1ヶ月たった。


私は昼間は普通の隊士として、夜は羅刹隊隊士として隊務をこなしている。
今までに無いほど充実した毎日だった。

しかし平和というものは永くは続かないものである。

「おぉ名前、おはよう。
今から巡察か?」
「おはようございます原田さん。
はい、今日は平助の隊に同行させてもらうんです。」

平助は巡察をしながらいろいろな話をしてくれるから一緒にいて楽しい。
もちろん原田さんや永倉さんもいろんな話をしてくださるし、面白いけどやっぱり歳が近いと楽なのだ。
みんなの為に弁解しておくが、断じて隊務をサボっているわけではない。
ちゃんと仕事はしてる、はず。

「そっか、頑張れよ。」

原田さんはそう言っていつも頭を撫でてくれる。
私はいつの間にかこの大きな手に撫でられるのが好きになっていて、撫でてもらえるのが嬉しい。
気持ち良さに目を閉じると唇に何かが触れた。
慌てて目を開くと至近距離に原田さんの顔があった。

「あの、何を……?」
「今のは、お前が悪い。」

ぷい、と顔を逸らされた。
そして私の頭に乗っている方の手とは反対の手で顔を隠す。

「原田さん?」

顔を覗こうとすると更に顔を逸らされる。
ちらりと見えた耳は赤かった。

「あの、……。」

これはどうすればいいのか……。
とりあえず悪いと言われたのですいませんと謝る。
すると原田さんはこっちを向いて怪訝そうな顔をした。

「お前、どういうことか分かってないだろ。」
「私が悪いんじゃないんですか?」

首を傾げると溜め息を吐かれた。

「お前は何をしても気づいてくれなさそうだからこの際はっきり言っておく。
俺はお前苗字名前が好きだ。
もちろん家族愛じゃなく異性としてだ。」

言われた事が理解できずに思考が停止する。
えーっと、原田さんが私を好き?
友愛でなく、親愛でない愛情?
だんだん顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。

「わ、私は……!」
「名前ー!!巡察行くぞー!!」
「…………巡察行ってきます!」
「あ、おい!ったく、期待させすぎなんだよ……。」

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思わず逃げてしまった。
私はあのあと何と言葉を繋げるつもりだったんだろう……。


「土方さん!!」

巡察から帰ってくるなり平助が大声で叫ぶ。

「なんだ平助。
報告ならもっと静かにしろ!」
「名前がいなくなった!」

そこにいた全員が話を飲み込めずに唖然とする。

「俺が店の中を見てる時にいなくなったんだ!」
「平助落ち着け。誰か見てないのか?」

平助は力無く首を振る。
先日の一件からしてまた逃げたというのは考えにくい。
その日町中を探したが名前の手掛かりは何も掴めなかった。


「ごめんください。」

次の日、屯所に珍しく訪問者が来た。
出たのは平助らしい。
するとバタバタと中に走ってきた。

「どうした?誰が来たんだよ。」

襖を勢いよく開けた平助は幽霊でも見たような顔をしていた。

「名前が……名前が月ヶ峰の連中と一緒に来た。」

平助によると月ヶ峰家数人が名前と一緒に来て広間で土方さんと近藤さんと話しているらしい。
急いで広間に向かい、障子の隙間から覗き見ると体格のいいオヤジとその従者が三人。
その従者に挟まれて、煌びやかな着物を着て女の姿をした名前の姿があった。

「姪がお世話になりました。
少ないですがお受け取りください。」

そう言って大きく膨れた風呂敷を前に差し出す。

「これからは私達が父親に替わってしっかりと名前を育てますのでどうかご心配なさらず。
ほら、名前もお礼を言いなさい。」

前に押し出されると三つ指をついて綺麗にお辞儀をした。

「大変長い間御世話になりました。
ご迷惑を御掛けしましたが私は叔父を手伝い月ヶ峰の再興に力を注ぐ事に決めました。
今までありがとうございました。」

名前のあまりに他人行儀な態度に俺達は呆気に取られて何も言えなかった。

そのまま名前達は帰って行った。



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