07

旅館に帰ってきた私たちを女将さんが笑顔で出迎えてくれた。
お腹空いたと言うとすぐ夕食の準備をしますねと言ってくれ、それまでは部屋でゆっくりさせていただこうと女将さんに連れられ我愛羅君と部屋へ行く。
女将さんは優しいし、ネットの評判だとご飯も美味しいらしいとくればこれ以上最高な事は無いのだけれど、もう一つ、私にとって最大の楽しみといえば予約した部屋には露天風呂が備え付けされているという事で。
貸し切りの露天風呂だなんて滅多に味わえないから、思う存分楽しんでやろうと心に決めていた。


「部屋は一つなのか」
「え!別部屋が良かったの?!一緒に住んでるのに?!今更?!」

障子を開け部屋を見渡す我愛羅君からとてつもなく今更なことを言われ思わず声をあげる。

突然の思春期みたいな事言わないで貰えるかな。
ああでも男の子だもんなあ、一緒に住んでるって言ってもやっぱり旅館とかに来るとちょっと意識しちゃう的な?
今の我愛羅君にそんなスペックあったの?めちゃ萌えなんだけど?なんなの?
それともただただいつも一緒だから旅行時くらいは離れたいとか?
それはそれで悲しいな。

「ほんとに、一緒の部屋じゃ嫌だった?」
「……いや、いい。すまない」


ただなんとなく部屋は一つなのか疑問に思っただけだと説明してくれ、我愛羅君は部屋の端っこで壁に持たれて座った。

嫌だった訳じゃないのね、良かった。まあ今更、嫌もクソもないだろうけど。

我愛羅君に続き私も部屋へ入り、鞄を置いてから机の上にある備え付けのお茶を淹れ、お菓子をつまむ。
旅館って、お菓子置いてあるから好きなんだよね。どれも美味しいし。

我愛羅君も食べる?と机を挟んだ向こう側で壁にもたれている我愛羅君に声をかけるが必要ないらしい。無視された。
ま、もうすぐご飯くるだろうしね。


「我愛羅君!こっちに露天風呂あるよ〜!!」


お茶を飲みつつ、そうそう!と我愛羅君が座っている壁側の横の、所謂縁側がある襖を開けた。


「ここは貸し切りだからね〜!いつでも入っていいんだよ、ご飯食べたら一緒に入ろうよ!」

「……一人で入ればいいだろう。俺はいい。」


え〜〜、と口を尖らせてはみるが、拒否してくるのは分かってたもんね、でも押しに押したら意外に優しい我愛羅君は断れなさそうなところもありそうだと思ってるからご飯食べた後にもっとねだってみよう。
一人より二人で露天風呂とか最高だし。

そうこうしているうちに、お夕食の準備ができましたと、次々に食事がテーブルに並べられ、うおおおおおお美味しそおおおおおおと歓喜の声を上げる私に女将さんがフフ、と笑った。


「ではごゆっくり、お食事済まされた後は部屋にある電話でお呼びしていただきましたら下げに参りますので」

「あ、はい!ありがとうございます!」


ニコニコと笑顔を忘れず膝をついたまま扉を閉める女将さんを見送って料理が並べられたテーブルに向かい早速いただきますと手を合わせる。
我愛羅君もそろそろと料理に手を出し、食べ始め気づけばあっという間に完食。


「美味しかったね!流石料理が評判なだけある〜!我愛羅君は何が美味しかった?」

「……タン塩」


そういえばタン塩と…砂肝だっけ。好きだったんだよね我愛羅君は。
本当にそんなおじさんみたいな食べ物が好きなの?て原作を読んでた時は思ってたけど本当なのね。


「ここは本当に素材が良いみたいだよ。タン塩も普段食べられないような美味しいやつだったんだろうなあ」


とりあえずご馳走様でした。と言いつつ空になった食器達を早々に下げてもらおうと部屋の電話で女将さんを呼び、片してもらう。

窓から空を見ればすっかり濃紺。今日はよく晴れてるし月を見ながら晩酌プラス露天風呂にしようかな、う〜〜最高。
月とか星が綺麗に見えると田舎って良いなと思うが、それは普段都会に住んでてあまり綺麗な空を拝めないから余計に思う事だろう。


「女将さん、あの、お風呂入る時に、ちょこっとお酒が欲しいな〜と思うんですけど。日本酒とか」

「あらまあ、なかなか渋い事言いますね。この頃この辺田舎は夜少し肌寒い事もありますから、熱燗、ご用意致しますね」

「うわあ!やりい!じゃあお風呂入る時言います!」


テーブルを綺麗に片してくれている女将さんに強請ると流石な返事。肌寒くて露天風呂で熱燗なんて最高ではないですか。おほほほほ。
我愛羅君が成人してたら付きあってもらうのに。残念だ。

女将さんが出て行った後、食事をする前の位置に移動して大人しくしている我愛羅君に二十歳になったらお酒付きあってよね〜と明日にでもいなくなるかもしれないのに不安定な約束を勝手にこじつけると意外にも、ああ。と返事が帰って来てびっくりした。

暫く各々の時間を過ごし、て言っても私はテレビを観て我愛羅君はずっと壁にひっついて座ったままだったけど、そろそろお風呂かな〜なんて思いながら部屋の電話を手に取りお酒を持ってきて貰うように頼む。

時間にすれば5分も経たない内に徳利とお猪口が乗った丸くて小さめのお盆を持って女将さんがやってきて、
ニコニコとしながら序でに着替えの浴衣がある場所も伝えてきて、ごゆっくりと言い残し戸を閉めていった。


「さ!我愛羅君!お風呂だよ!一緒に入ろう!」

「…お前だけ入ってくればいいだろう」

「やーだー!一緒がいーいー!おねがーい!お酒付きあうのは二十歳になってからでいいからお風呂くらい付きあってよ〜!今日だけ〜!」


いーじゃん!減るもんじゃなし!と年甲斐も無くジタバタと暴れてみる。
自宅の狭い風呂で二人同時に入るのはこっぱずかしい気もするが、なんたって今日は露天風呂。何回も言うが露天風呂。
異世界の少年と露天に浸かって月を眺めながら晩酌なんて最高に粋だ。絶対にしときたい。


「…」

「そういえば今日お土産見てる時にね、美味しそうな砂肝売ってたよ、それ買ってあげるから入ろうよ」


ジタバタ作戦にあまり効果が見られなかったので物で釣る作戦に移行してみる。なんて卑劣な大人だとか言われようが知るか。


「…何を企んでいる」

「……あー、それ言っちゃダメでしょ、何も企んでなんか無いって。すぐそう言うんだから。私達家族みたいなもんじゃん一緒に住んでるんだし。家族でお風呂入ろうよって言ってるだけだよ」

「俺はそんな風に思ってなどいない。勝手に入れ」


…うーわ。傷ついた。なんだよ、なんなんだよ。もういいもんね、一人で入るからいいもんね!

我愛羅君なんて知ーらない!とプンプン怒りながらお酒と着替えを持って一人お風呂場へ向かう。
全くもう、本当に可愛い振りして捻くれてるんだから!
めちゃめちゃ長湯してやる!我愛羅君なんて一人で寂しく寝とけばいいんだ!まったく!


「ん〜!女将さんの言ってた通り!ちょっと寒い!」


流石、山が連なる場所だけあって吹き抜ける風が冷たい。
先に身体を洗っちゃおうかな、と持ってきた熱燗と小さいタオルを濡れない場所に置いてからシャワーを使い身体を綺麗にしていく。

あっという間に全て洗い終わり、濡れた髪もそのままにしてチャポンと湯気が漂う温泉に身体を沈めてみると少し熱いくらいのお湯加減で肌がほんのり紅く染まった。


「うい〜〜い。きんもち〜い」


湯船に浸かったまま手だけを伸ばし今日のメインである熱燗をたぐり寄せ、ぬるくなってないかな、とお猪口に少し注ぎ飲んでみる。


「あっ、つ………熱々じゃん最高かよ」


このまま時間が止まってくれたらいいのに、ていうか今死んだら私まじで最高の死に方じゃね?うん良い、良いね。
あ、でも休み明けに仕事溜まってるんだった…。
って、こんな時まで仕事の事考えちゃうって現代人というか社畜というか。


「それにしても我愛羅君、ちょっとは心開いてくれてたと思ってたんだけどなあ、つらっっ」


いや、いいんだ!いいんだ!あんなクソガキ!恩を売ったとは思ってなかったけど優しさを踏みにじる様な事言われたら大人気ないけど怒っちゃもんね!ヤケ酒だよまったく!!

子ダヌキが!と悪態を口にしつつ、もう一杯とお猪口にお酒を注いで飲もうとした時。

微かに呻き声が聞こえ私の晩酌を邪魔した。