01



入学して一週間、教室で音楽を聴きながら、予習をしていれば机の横に誰か来た。
顔を上げて見れば同じクラスの男で、うざったいくらいの笑みを浮かべ私を見ていてイヤフォンを外す。


『なん?』

「昨日ロードで走っとらんかった?」

『……それが?』

「やっぱり! 俺見たで、むっちゃ早いんやな、俺もな自転車部入ってるんやけど」

『……』

「でな、もしよかったら自転車部のマネージャーして欲しいんよ、駄目やろうか?」


その言葉に立ち上がって男を見上げ胸板を指で突く。


『なんで私が自分より遅い奴らの面倒みなあかんのや?』

「……」

『見てた言うたやろ、私はな自分より遅い奴には興味あらへんし、ザコに教える時間もないんや、二度と話しかけんといて』


そう言って男を見れば、少し落ち込んだ顔をしながらも笑みを浮かべそうやな、すまん、と謝って来た。
その笑みがうざくて、鬱陶しくて無視して、イヤフォンをして再び予習を始める。
直ぐに男は何処かに消え、チャイムが鳴る一分前に音楽を遮る程大きな音とともにドアが開いた。
見れば夜と朝日が荒い息をしながらドアの前に立っていて、イヤフォンを外せば、二人はセーフやあぁあ、と大声をあげる。


「はあ、はあ、ほんま、ぎりぎりやった」

「死ぬ、ほんま死ぬ」


二人はそのまま私の席に来て後ろから抱き着いて来て褒めて、と言うので、偉いなよう頑張ったな、と褒めた。


『朝からご苦労様やね』

「そうやろそうやろ」

「ああ、アキナは今日もええ匂いする」


笑っていればチャイムが鳴って二人は名残惜しそうに席に戻り、数分後に先生が来てHRで話しを聞いて授業を受けた。
お昼、横の男が何処かに行ったのでそこに朝日が座り、逆隣の男も居なかったので夜がそいつの椅子を持って来て私の机の横に座る。
お弁当を食べながら、二人が土日どう過ごしたのかを聞く。


「昨日は彼氏と遊んで、そのまま夜にエッチして寝坊したんやで」


夜の発言の近くに居た男子はむせ返っていたが無視して、良かったな、と笑う。


「ウチは……運動してた、帰って寝落ちしてもうた」

『喧嘩も程ほどにな』

「相手から喧嘩売って来たんや」

『そら相手悪いで、やけどな心配やから程ほどにな』

「アキナが言うんんならそないにするな」


そうやね、と笑いかけ今度の日曜日遊びに行こう、と誘われた。


『ごめんな、日曜は大会あるんや、それに参加するから、土曜日も練習せなあかんし』

「何処でやるん!?」

「何時から!?」


携帯を出して場所と時間を伝えれば二人はそれを携帯に打ち込んでいて、場所までの行き方まで調べている。


「よっしゃ、行き方は分かったで!」

「ほんなら、朝待ち合わせな」

『来なくてええよ』

「「行く!」」

『つまらん思うよ、自転車で走るだけやで』

「行く!」

『分かった、ほんならゴールで待っててや、私が一番でゴールしたるから』


誰にも負けへんよ、と笑えば二人も笑って頷く。
負けへんよ、私が一位になって何処までもどこまでも前へ、そして翔を支えるのだから。
私が勝てば翔のやる気にもつながるだろうし、高校生の大会だから翔に高校生のレベルも教えてあげられる。


「ん? 大会調べたら男子って書いてあるで」

『ああ、そうやよ、男子の大会や』

「そうなん!?」

『そいや、電話して出してもらえることになったんや、女子レースやもう走る意味ないからな』

「流石やな」

『死ぬほど練習しとるからな』

「ウチらは死ぬ気でゴールで応援するな!」

『そないして、したら絶対一位になるわ』


にっ、と笑いかけそこからもお喋りしてお昼を過ごした。


*********


日曜の大会では本当に二人が応援に来て、ゴールで声が枯れるんじゃないか、というくらい応援してくれた。
ゴールを抜け両手を上げれば後ろで二人のおめでとう、の声が聞こえたので振り返り笑いかける。
レース自体は期待外れで女子レースに出てるのと変わらなかったが、タイムは縮んで居たのでまあ、いいか、と自転車を降り汗を拭った。
表彰式で花束とトロフィーを貰い二人の傍に行けば、走って来て抱きしめられる。


『汗臭いで』

「どうでもええよ! おめでとうや!」

「ほんまに早いな! 一位や!」

『おおきに』


私の二人の背中を撫で笑いかけて、二人と控えテントに向かう。
テント前に行けば他に走った男達が居て私を見て来るが無視して、二人を見る。


『ここでちょっと待っててな』


テントの中に入って自転車を輪行バックに詰め込んで仕切りの向こうで着替えを済ませ、花束を二つに分けてリボンを切ってそれぞれに結ぶ。
トロフィーを鞄に入れ荷物と輪行バック、花を持って外に出て待っていてくれた二人に花束を渡す。


『応援してくれたお礼や、貰いもんやけど』

「濡れた」

「泣きそうや」

『濡れんでな、泣かんでな』

「一生大切にするな」

「家宝にする」

『いや、枯れるで』


笑いかけて居れば、おい、と声がしたので振り返れば、二位だった奴が私の後ろに立っていた。


「何で女子がこのレース出てるん?」

『主催者にかけあったからや、電話してお願いしたらええよ言われたんや』

「……女のくせにしゃしゃり出るなや、これは男のレースや」

『プクク、だから? ああ、そうやね、女の私に負けたんが悔しいんか』


べーっとやれば男が胸倉を掴もうとしたので後ろに下がる。


『触るなや、汚い、喧嘩売る暇あったら死ぬ気でペダル回した方がええんやない? やから私に勝てないんよ、ザコ』

「なんやと!!!」

『事実やろ? まあ、キミみたいな奴はいくら練習したって私には勝てへんやろうけどね』


笑って男を見れば腕を振り上げ殴りかかろうとしてきたが、その前に朝日が男の首を掴んだ。


「何しようとしてるん?」

『朝日ええよ放っとき』

「ええんか? ウチなら黙らすこと出来るで?」

『ええよええよ、こないな事しかできひんから弱いんや、くだらん』


朝日が手を離すと男は走って行ってしまい、逃げるなら最初から喧嘩売るな、と思いつつ二人に声をかけ歩き出した。
女も男も関係ない、試合して勝てば性別なんてどうでもいい。
死ぬ気で練習すれば女だってこうして男に勝てるし、私はこれからも勝利して行く。
翔の姉として負けるわけにはいかないのだ。


翌日、学校で全校集会が開かれた。
校長の話を聞いてから、土日に大会に出た部活の表彰式を聞いて行く。
興味も無いのでぼっとしていれば、後ろから脇腹を突かれ振り返ればクラスの女の子が呼んでるで、と校長を見る。


「えっと、今日おらんのかな? 御堂筋アキナさん」


私の名前で何か表彰されるような事した覚えはないが、急いで舞台に上がった。


「ああ、おったおった」

『すいません』


校長の前に立てば、表彰内容が発表され、昨日の個人大会の表彰だった。
そう言えば高校の名前書いたし、そこから連絡が行ったのだろう、と表彰状を受け取る。
頭を下げ舞台から降りて先ほどの場所に戻り、女の子にお礼を伝えた。
教室に戻って表彰状を鞄にしまっていれば、クラスの女子が来て褒めてくれる。


「凄いな!」

「男子レースやったんやろ」

「やのに一位やったんやろ」

『おおきに、たいしたことあらへんよ、練習しとっただけやから』


凄いよ、と褒められもう一度お礼を伝えてから、授業を受けた。
お昼いつものように三人で食べて居れば、私の前に見知らぬ男とあのうざったい石垣、という男が来る。


『なん? 私に話しかけるな言うたやろ』

「す、すまん、安さんあかんですよ」

「ええやろ、御堂筋やったか?」


無視してお弁当を食べれば安、と呼ばれた男は前の席に座り私の目を見て来た。


「なあ、自転車部のマネージャーせんか?」

『前にこいつにも言うたけど、せえへん』

「なんで?」

『私より遅い奴の手伝いする時間は無いんや』

「成程な」

『やから話しかけんで貰えます?』

「いいね、そういうツンツンした感じ、俺好きやで」


睨めば、笑みを浮かべ私が作ったお弁当の最後に残しておいた大好物の唐揚げを食べる。


「旨いで!」

『こいつなんやのっ!!!』

「安さん!」

「アキナ、落ち着いてな、な? ほら私の唐揚げあげるで、な?」

「なんやのこの人、アキナは唐揚げ一番最後に食べるんよ、取っといてるん」

「え、すまん」

『消えろ!』

「そう怒らんで、な? 明日唐揚げ買うて来たるから、光太郎が」

「俺!?」

「放課後、光太郎と勝負してくれへんか? そんで光太郎が勝ったら自転車部のマネージャーして、光太郎が負けたら……好きにしてくれ」

「安さん!?」

『私が勝ったら二度と話しかけんで』

「ええよ」


頷いたので放課後に部室行く、と言えばそつは笑って立ち上がりほんなら後でな、と教室を出て行く。
ぽかん顔している石垣君を睨めば、すまん、と謝って来た。


『ウザ、キモ、失せろ』

「ほ、放課後、俺全力で勝負するで」

『全力出そうが何しようがキミは私には勝てへん、消えろ』


石垣君は放課後な、と何処かに消えたので夜にから揚げを貰い、頬張った。


**********


放課後HRが終わリュックを背負い、二人が一緒に行く、というので三人で自転車部に行く。
夜がドアを叩くと眼鏡をかけた奴が出て来て、首を傾げる。


「どないしたん?」

「お昼に、勝負もちかけられたんで来たんやで」

「やで」

「へえ?」

「ああ、すいません、俺がその子呼びました」


中から声がしてあの男が出て来たので睨みつければ、それいいね、と笑う。


『ほんまこいつうざい』

「俺は好き」

『キモイ』

「安が呼んだんか?」

「そうです、今朝、表彰されとった子ですよ、自転車の」

「ああ、この子やったな」

「やからマネージャーしてもらえたらええ思って」

「してくれるんか?」

『せえへん言うとる、やから勝負しに来たんや』


はよしてや、と言えば石垣君がジャージを着て出て来て、他の部員も出て来る。
リュックからビンディングシューズを出して靴を履き替え、リュックを夜に渡す。


「それで走るん?」

『はんでやはんで、制服でも余裕で勝ったるから、二人はここに居ってな』

「パンツ見えてしまうで」

「エッチやな」

「俺は見たいな」


安という男を睨めば、眼鏡の奴が辞めろや、と怒っていた。


「やけど、危なくないか? 一応ジャージ余ってるのかすで?」

『ええわ、はんで言うたやろ、ささっとしい、私帰ってから自主練せなあかんから』


壁にかけといた自転車を持てば、石垣君も自分の自転車を持ち、校門を出て並ぶ。
コースはいつも部活で外周する時のコースで、時たま私も走る場所だった。
自転車に跨って、ヘルメットとグローブをして片足をペダルにはめる。


「先に戻って来た方の勝ちな」

「石やん頑張れ!」

「勝てるで!」

「光太郎、勝てよ」

「頑張ります」


無理やで、と思って居れば二人が頑張るんやで、と言ってくれたので笑いかけた。


『昨日みたいに私が一番で戻って来たるよ』

「ほな、行くで」


サドルに腰かけ、ハンドルを握れば合図がかかって走りだした。
結果は私が言って居た通りに私が一位でゴールして、五分後に石垣君が戻ってくる。
最初から分かり切っていた勝負、時間の無駄だった。


『無駄な時間やった』

「はあ、はあ、す、すいません、安さん」

「しゃあないな、よっしゃ、明日は俺と走ろうな」

『ハア?』

「ん?」

『勝ったら二度と話しかけへん言うたやろ』

「光太郎がな、俺、とは言うてないで」


拳を握りしめれば、まあ、まあ、と夜と朝日が間に入って来てタオルで汗を拭ってくれる。


「練習代わりになるやろ?」

『ならんよ、こんなザコと走っても何の意味もない』

「石やんの事ザコ言うな!」

『ザコやろ』


自転車から降りてヘルメットを外す。


『明日が最後や、キミに勝って終わりや』

「俺の事は安先輩って呼んでや」

『キモッ』

「ええよ、好き」


死ね、と囁きリュックを背負い、二人を連れてそのまま学校を後にした。
翌日、午前の授業を受け、お昼を食べて居れば石垣君が来る。


「これ、昨日言うてたから」


そう言って私のテーブルに袋を置いたので、中を見れば唐揚げが入っていた。


「おかんに言うて、作ってもろうたんやけど」

『……もろうとく』


そう言うと石垣君は嬉しそうな顔で笑い、ほな、また放課後な、と教室を後にする。
もらった唐揚げを三人で分けて食べ、トイレに行けば生理が始まってしまった。
どうりで最近イライラしていたわけだ、と思いつつトイレを後にし午後の授業を受ける。
六限目の終わりから死ぬほどお腹が痛くなったが、なんとか耐えHRが終わりリュックを背負った。
鈍い痛みがずっと続いているが、今日あいつに勝てば解放される。
その一心で今日は一人で部室に行ってドアをノックした。
出て来たのは石垣君で、待ってたで、と笑う。


『挨拶はええ、さっさとやるで』


リュックを置いて靴を履き替えて居れば、石垣君がしゃがんで顔を覗いてくる。


『見るなや』

「なんや、顔色悪いで?」

『うざっ』


そっぽ向けばあいつが出て来て、やるでー、と自分の自転車を持ったので、私も立ち上がり自分の自転車を持って校門の外に出た。


「ほんなら、昨日と同じコースな」


無視してヘルメットとグローブをして自転車に跨って、片足のペダルをはめる。


『これで最後やで』

「ええよ、最後にしような」

『私が勝ったら、もう二度とキミも石垣君も他の奴らも私に話しかけんで』

「分かった」


頷いたので、合図とともに走り出した。
石垣君や、レースで争った奴らよりは早かったけど、余裕で勝てる。
そう思って居たのに、お腹の痛みが増して、変な汗が流れて来た。
ゴールまでもうそこなのに、足を回せば勝つのに、それなのに。
私の横をあいつが通り過ぎ、ゴールしたのを見て、限界を迎えたのでペダルから靴を外し自転車から降りる。
そのまま道の端に自転車を立てかけ、しゃがみ込んだ。
ぼたぼた汗が流れ、激しい腹痛と嘔吐感に襲われる。
はあー、はあー、と息を繰り返していれば石垣君の声がして、後ろにしゃがみ込む。


「御堂筋、どないしたん?」

『…あっち行け』

「顔真っ青や、汗も凄い」

『煩い』


吐きそうになって口を押えれば、石垣君はそっと背中を撫でて来る。


「友矢、水や水」

「おう」


私の周りには自転車部の奴らが集まり、最悪な気分だ。
どんな理由であれ勝負には負け、背中を撫でられ、お腹の痛みも我慢出来なかった自分にも腹が立つ。


「ほら、御堂筋、水やで」


ボトルを貰いそれを飲んで吐き気は少し落ち着いたが、お腹の痛みは引かない。


「具合悪かったんか? 風邪やろうか」

「……光太郎、保健室運んだれ」

「そうですね、立てるか?」

『放っといてや、余計なことせんでええ』


軽く石垣君を押せば数秒無言が続いて、小さくすまん、と聞こえた。
そして石垣君は動いて私を抱き上げ、そのまま走り出す。
前にユキちゃんが言っていたお姫様抱っこ、というやつで死ぬほど嫌だったが抵抗する気も起きず、そのまま保健室に運ばれた。


「少しゆっくりしてれば治る思うから、後は私に任せてくれてええで」


ベッドに横なる中、保健の先生が石垣君にそう伝え、石垣君が保健室をあとにする。


「生理中に無茶したらあかんよ」

『はい』


天井を見上げため息を吐けば、先生はしばらく安静にな、とカーテンを閉め足音が遠のいた。
どんな体調の時だって勝てなきゃ意味ない。
生理だったなんて関係ない、痛みなんか気にせずペダルを回せばよかっただけの話で、それが出来なかった私の負け。
悔しい、悔しい、今まで勝負や大会で負けたのは今日を入れて二回。
一回目の時は体調も万全で挑んだけど、ある男に勝てなかった。
だが、あれはいい勝負で、負けても少し悔しさは残ったが全てを出し切った結果が二位で、一位になった男は相当な実力があり、初めて翔以外の男で自分より早く、楽しいと思える勝負が出来た人だった。
でも、今日の勝負はどうしようもない程悔しく、女の体である事を今まで以上に憎いと思った。
中学入ってから邪魔な脂肪ばかり増え、いくら削っても落ちない、そして始まった生理。
イライラはするし、一週間はどんなにペダル回してもタイムが縮まらない最悪な週。
無くなればいい、この邪魔な胸も脂肪も生理も全て、この体から消えろ。
そしたら私はもっと、今まで以上に前に進めるはずだから。


*******


いつの間にか眠っていて、起きた時には部屋の電気がついていた。
お腹の痛みも引いていて、ベッドから出てカーテンを開ければ先生が椅子に座っていて振り返る。


「あ、起きたん、具合どうや?」

『ようなりました』

「そんなら良かったわ、無茶したらあかんよ」

『はい、お世話になりました』

「靴そこに置いてあるから、そこから外出てええよ」


外に出れるドアの横に靴が置いてあったので、それを持ってドアを開けた。
もう外は薄暗く靴を履いて、手を振る先生にお辞儀してドアを閉める。
暗くなるとまだ肌寒く、一度くしゃみをして歩き出す。
自転車あのままおきっぱにしてしまった、取られてないといいけど、と思いながら歩いていれば前から誰か歩いてくる。
視線を逸らし歩いて居れば、御堂筋、と聞きなれた声がしたので顔を上げれば、着替え終えた石垣君が居た。


「具合ようなったんか?」

『……ん』

「そら良かった、御堂筋の自転車部室に置いてあるから、帰るなら一緒に行くで」

『帰る』

「ほな、一緒に行こうや」


いいともいやとも言っていないが、石垣君は歩く私の横をついて来る。


「安先輩達も心配してたで」

『心配されるよう仲やない』

「そないな事言わんで」

『男とのなれ合いは嫌いや』

「……男嫌いなんか?」

『大嫌いや』

「なんで?」

『なんでもや、キミには関係あらへん、頼んでも無いのにお節介して、鬱陶しいんよ、キミ色んな人から好かれとるみたいやけど、私はキミみたいなお節介焼きは大嫌いや、近づかんで』


顔も見ずに悪態を吐けば、石垣君は足を止めたようで視界から消えた。
無視したまま部室に行ってドアを開ければ、鍵がかかっていて舌打ちする。
鍵は石垣君が持って居るのだろう、ほんまに鬱陶しい。
振り返り探しに行こうと思えば、真後ろに立っていて小さく声を上げた。


『ピッ!』

「あ、すまん」

『鍵貸してや』


手を出せば、石垣君はポケットから鍵を出し私の手に置いたので開けて中に入る。
自転車はご丁寧に上にかけてあり、背伸びしても届かない。
部屋の中を見れば脚立があったのでそれに乗って一番上に登ったが取れず、私を見上げ笑いを堪えている石垣君を睨んだ。


『取れや!』

「す、すまん、今取るな」


脚立から降りれば石垣君が登って、軽々自転車を取って目の前に置いたので奪い取る。


「御堂筋」

『なん?』

「…御堂筋は嫌がるやろうけど、俺これからも御堂筋に話しかけるし、困っとったらまたお節介焼くと思う」

『ハア?』

「やから、諦めてくれ」

『ウザキモ』


べーっとやれば石垣君は何故か嬉しそうに笑い、赤色がちらついた。
私の好きな赤色、幸せの色、病院帰りの夕焼けに染まった時の赤。


『っウザ!!』


ベンチに置いてあったリュックとヘルメットを掴んで、石垣君を残し部室を後にした。

校門を出てリュックを背負いヘルメットとグローブをすれば、前から誰かが自転車に乗ってくる。
ライトが眩しくて目を細めれば、私の前で自転車は止まりよく見れば翔だった。


『翔、どないしたん?』

「それはこっちの台詞や、おばさん心配してるで」

『あ、ああ、ちょっと』

「電話も出えへんってボクに連絡来たら、わざわざここまで見に来たんや」

『ごめんな、何でもあらへんよ、もう帰る』


自転車に跨り片足のペダルをはめ、翔と走り出せば背後から大きな声で名前を呼ばれる。


「御堂筋、また明日な」


顔を見なくともそれが石垣君の声だと分かり、無視して家に戻った。