「中に入ろう、風邪をひく」
さっきのキスは何処へやら
事務的な口調に腹が立って
いっそ、こいつもあの男と一緒に消してやろうかと
考えた
そんな甘いことをしてやる義理はないというのに
「ヴォロ、」
店の入り口近くまで歩を進めた彼女が振り返る
傷ついて
けれども自らそれを望んだような
奇妙な顔だった
「怒ったのかい?」
尋ねられ
肩をすくめる
「そっか」
きっと、そううなずいた彼女が
残念そうに見えたのは僕の勘違いだろう
僕の知る彼女はもっと不遜な女だから
そして
彼女より傲慢な僕は本音を隠す
(ただ、目障りではあったよ。いつか殺そうと思えるくらいにね)
「ねぇ、ぼーっとしてないでこのドア開けてくんない?
英国紳士は女に優しんだろ」
「自分が女に見えるなら眼科に行った方がいい」
「お黙り!」
「女を通り越して、おばさんだな」
「…美魔女って呼んで?」
何かしらの、魔法による細工がほどこされたドアノブだった
繊細で複雑な
気位の高い美人を思い起こさせる魔法
ただ、今かけられたものではなく古い痕跡が形だけ残っている
警戒しつつも回してやれば
扉がビクリと震え
ソプラノの声が響いた
「こんばんは。問は一つです。答えの数はあってないようなもの。つまり、私が好むものなら、通してさしあげます」
「…質問は?」
「望むものに何でもなれるとすれば、貴方は何になりますか」
「ヒュー!さすが、いい質問ですね〜
ヴォロ、ヤバいんじゃないんですかい!?」
「…黙っていろ、そして下手な口笛を吹くな、耳が腐る」
「っ優しい人になりたいって答えたら?扉夫人に、あーあ、こいつセンスねぇわぁって内心軽蔑された挙句、食われちまえ!」
「私、ヒトを食べたり致しませんわ、オーナー」
「…ゴメンナサイ、ニラマナイデクダサイ、ココロが折れます。そして前半は否定しないんですね、はい」
「答えは、自分自身だ」
「え、この空気で答えちゃうとか、やっぱKYなの?そうなの?」
「いい答えです、通しましょう」
「あなたもかい!」
「次は貴女への問です。僧侶にクシを売るためにはどうなさいますか」
「ワタシなら、僧侶志望の人に最後に髪をとかしてもらうプレゼント商品として売りますな」
「相変わらず面白い答えです。通しましょう」
「どうも、ありがとう」
戸を押し開けた彼女に続き、中に入る
彼女のうなじからはふわりと林檎の香がした
紅、白、緑、金
ヴィンテージ調の木材が使われたオープンスペースの店内はその4色で主にまとめられていた
同じデザインのものは一着としてないハイファッション
モノトーンの服がずらりと並ぶなか
カラフルなものが時折まぎれこんでいることで
遊び心を感じさせる
壁には扇に文字を書いた作品や変わった色のカエル
の絵などが程よく配置されている
女性向けの店だろうが、男の自分が入っても気まずく感じないのはいいと思った
出迎えたのは、派手な柄をこれでもかと組み合わせ、それが不思議と下品でなく似合う男だった
スキンヘッドと太い黒縁のメガネが服に負けない顔を特徴づけている
「あーら、かわいいお客様ね
年の割には、ずいぶんおカネがかかったスーツだけど、ネクタイのセンスは最悪
課題は多いんじゃない?」
くだらない人間だと思った
「上司を無視してご講評どうもありがとう、クリス、皆は?」
「どういたしまして、オーナー
久しぶりに来たと思ったらオトコ連れだなんて
やけちゃうじゃないの
皆は帰したの
閉店時間はとっくにすぎてるんだから
で、意地悪ボスに居残りさせられた
かわいそうなアタシはアナタとハグしていい?」
「どーぞ」
2人が抱き合った瞬間、クリスは彼女に何ごとかをささやいたが、聞き取るには遠すぎた
「じゃ、クリス、今日はもう終わりかな」
「そーよ。だから、アナタたちが二階で何しようとご勝手にってトコだけど、パターンだけは見といてね、ほら、新作の」
「もう出来たのかい!?早いね!ってかワタシたちはそういうんじゃないし!」
「珍しくも?」
「そう、珍しくも」
「まぁいいわ
アタシ帰るから、戸締まりよろしく
そっちのハンサム君も精々ガンバってね、バーイ」
「バーイ」
彼女は手を振り、
僕は会釈ですませた
カチャリと戸が音を立て、一気に静かになった
「ゴメンな、ちょっと口が悪いけど、誰に対してもそうだから気にしないでくんないかな
あー、お詫びついでと言っちゃ何だけど、せっかくだし、上がって行きなよ
お茶ぐらいは出したげる」
「…ふん」
「ふんって何ふんって!whoちゃんがこーんな頭下げてんのにさ。ってか上がるのか、上がんないのかはっきりしてよ!」
「無理矢理キレるな、お前が誘って来たんだろう?上がるさ。聞きたいことがある」
「ナニやら負けた気分…?ナゼに!?」
「うるさいな、さっさと戸締まりしなよ
明日も仕事なんだ」
ふくれた顔の彼女が杖を振る
戸や窓が一斉に閉まると
奥の螺旋階段をのぼる彼女に続いた
There are some defeats more triumphant
than victories.
(世には勝利に増して価値ある敗北がある)
Main or
Top