ヒールの折れた靴からはあまり音が立たないのだと階段をのぼりつつ気づいた

先ほど、「ステキな靴になったじゃない」と
クリスに囁かれたのを思い出す
カツカツと規則正しく、
けれども人を追い立てるあの音から
逃げてしまえば、奇妙な解放感があった

杖をふってドアを開け
電気をつければ、
縦長の廊下といくつかのドア。
その扉の奥には
朝ここを出た時と変わらない光景が広がる

客間と居間のどちらにするか
動揺がかすかに残る今ですら、
迷うはずもなく客間に向かった

孔雀の絵と
今ならかなりのお値段がするであろう
古く重厚な深紅のソファーは、
サラザールからもらっただけあって泣きそうなほどヴォロに似合う
どことなくいたたまれなくなって
「お茶入れてくる」と立ち上がった

部屋に帰ると、
ヴォロがクリスの置いてくれたであろう新作のパターンをのぞき込んでいた
この部屋は店の事務所も兼用だ
油断も隙もあったもんじゃない

「お茶、冷めないうちに飲みなよ」

仕方なく彼を放っておいてイスにかける
カップの1つに手を伸ばすと、
こちらに問いかける鋭い視線にイヤでも気付かされた

「何?ワタシ紅茶はおいしく飲みたいんだけど」

「ダンブルドアだ」

「へ?」

「このローブの依頼はダンブルドアからだ」

「だから?」

「…ふざけるな」

「ふざけてないさ。
誰からだろうと店を開いている以上
注文を受け付けるのは当たり前
たとえそれが
魔法大臣からでも屋敷しもべ妖精からでも
ワタシにとっちゃおんなじコトだよ。
客のえり好みはしたくないし
言わせてもらえば、
初めて訪れた他人の部屋を物色する
キミのほうがよっぽどふざけてる」

「立派な心がけだな。商人の鏡として今ここで葬ってやろうか」

「構わないけど、紅茶を飲みきってからにしてくれ」

「…ふん、」

どさりと向かいのソファーに腰掛けた彼をできるだけ見ないようにして、紅茶を飲み干した

「ダンブルドアに僕の情報を漏らしたのか?」

「ワタシが?
別にリークする必要ないじゃん。
彼はワタシの知ってることぐらいは
キミについての情報を掴んでるよ。
でも、今のキミがやってるのは
あくまでごく小規模の犯罪行為。
たとえ政治的目的があったとしても、
そんなグループ国内にいくつあると思う?
いちいち潰しにかかるほど
ダンブルドアは暇人じゃない」

しばらく彼はこちらを睨みつけていたが、
情報を得たいという欲求が
抑えられなくなったらしい
早口に質問攻めにされる

「お前が不死だと知っている者は
ダンブルドアの他にどれだけいる?」

「さぁね。
ただ、こんな体になった理由は
1種の呪いで
あんまり褒められたものじゃないからさ、
お役所とはそんなに折り合い良くない。
ダンブルドアが執り成してくれてるけど」

「あのインド人は?」

「…アニルのこと?
彼は知らないし、
これからも知らせるつもりはないよ。
そんなに長い付き合いになるとも思わないしね。」

「つまり、今お前の体のことを知っているのはダンブルドアと僕、それにアブラクサスだけか?」

「気付いてるけど何も言わない人を除けばね。
あと、その言い方何か気になる。
妊娠でもしてるみたいだ」

いい頃合いだと
ティーポットから紅茶を注いでヴォロに渡した
受け取った紅茶をそのまま1口飲んだ彼は少し落ち着いた表情になる
別に何も入ってないし、今回は彼も何も入れやしなかった
そのことに満足していれば、ヴォロが考え込みつつ言う

「お前は妊娠できるのか?」

「ムリだよ。生殖機能はとっくにはたらきを忘れちゃってる」

「そうか」

「それ以上聞きたいことがないなら、そろそろ帰った方がいい。もうだいぶ遅いし、明日に差し支えるよ」

「ああ」

言葉少なに答えてカチャリとカップを置いた彼が立ち上がる
飲み干されたそれにニヤついていると、
「また僕の屋敷に来い」と仏頂面で言われた

「…なんで?
付き合い始めのカップルじゃあるまいし。
ワタシ、そこそこ忙しいんだけど」

「僕が勝手に此処に来て、
あのインド人と
ちょくちょく顔を合わせてもいいのか?」

「いや、それはマジ勘弁。
あ、じゃあ今度はマーケットの方に来てよ。
そっちは彼めったに来ないからさ」

「手伝う気はない」

「バレた?
でも、そこに居てくれりゃあ十分
購買意欲促進に繋がると思わない?
イケメン店員によるアンティーク販売!」

「毎週末あるのか?」

「ううん、3週目は休み。朝8時から昼ぐらいまでやってる」

「分かった、日曜に行く」

彼はそれだけ言って姿くらましした

Jump the light
(*、あ、赤に変わちゃった
あーあ、信号無視だね
ごめん、アニル)






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