封印された少年
この家は、とても古い神社でおじいちゃんと義母、義弟の4人暮らし。樹齢500年の御神木と曰く付きの井戸。
「蓮姉ちゃん……」
朝早く、義弟がランドセルが私の部屋へ尋ねて来た。ご飯の入った器を片手で義弟の草太は愛猫であるブヨが祠の井戸の方へ入って行ったと眉を顰めて言う。
「蓮姉ちゃん……一緒に祠でブヨを探してくれない?」
「うん。良いよ」
二つ返事で了承した彼女の前で、草太は心底安心した表情を浮かべる。どうやら、昔も今も変わらず、祠の井戸が怖いらしい。
「じゃあ、早く祠に行ってブヨを一緒に探そ? 早くしないと学校、遅刻しちゃうよ」
草太は小さな手で、ぎゅっと私の手を握りしめた。
草太と共にやって来た井戸のある祠へやって来た。草太がブヨの名前を呼ぶも、ブヨの姿は何処にも見当たらない。
「ブヨ〜。下に居ると思うんだけど……」
「降りてみる?」
「嫌だよ。此処って、なんか気持ち悪いし」
「そっか……」
確かに、井戸の周りには沢山の骨が落ちている。此れを見たら、小さな義弟も不気味に思うのも無理は無い。
「ねえ……蓮姉ちゃん。井戸の中から変な音が聞こえて来る」
「え?」
顔を真っ青にさせて、私の背後に隠れる草太を尻目でそっと井戸の方へ視線を向ける。確かに、草太の言った通り、井戸の中から小さくではあるが何かを引っ掻く様な音が聞こえて来る。そして、人では無い何かの存在も感じる。
「……」
「蓮姉ちゃん?」
「私が、下に降りるから草太は此処にいて」
出来るだけ、優さしく草太の柔らかな髪を撫でると井戸の元へ続く階段を降りる。私が、階段から降りる様子を待って居たのか、祠の薄暗い影からブヨが飛び出し、私の足に甘える様に擦り寄る。甘えるブヨの身体を、優しく持ち上げて抱える。そして、階段を登ろうと踵を返した時、井戸に被せられていた蓋がパカッと開かれた。
「ねっ、ねえちゃん……」
「!」
私の背後を見た草太が顔を蒼褪めて驚愕する。グッと強い力で井戸の中へ引っ張り込まれる。ああ……。井戸の中で聞こえて来た音の主は、この妖の仕業か。焦っている義弟とは裏腹で酷く冷静な蓮。
「蓮姉ちゃん!!」
草太の悲痛な叫び声を最後に、私は背後に居る妖の手によって井戸の中へと連れ込まれて行った。
「嬉しいや……力が漲ってくる」
骨化した蜈蚣の下半身と人間の顔を持つ女は、嬉し気な声音で、
骨から元の身体に戻る下半身を嬉しそうに見詰める。
「妾の身体が戻って行く。お前、持っているな?」
私を強く抱き締めて離さない無数の手で、優しく私の頬を撫でて、恍惚そうな表情を浮かべる。
「ああ……四魂の玉とは違う。お前から香る匂い……なんて、美味そうな匂いなんだ。食べてしまいたい」
白くて柔い蓮の頬を、女の長い舌が伝う。
「ああ、人舐めしただけでも感じる美味さ……」
頬を赤く染めて、更に私の頬を舐めて来る妖の顔を抑える。
「人の顔を許可なく舐めるなんて不愉快。離してくれる?」
妖の顔を抑えた手から淡い光が妖を包み、私の身体を掴んでいた無数の手が脆く壊れる。彼女から切り離された妖は、崩れ行く身でありながらも、獲物を狙う目付きで蓮を見詰める。
「お……の……れ……。逃がしはせぬ。四……魂の……玉……」
真っ暗闇の中へ落ちて行った妖を見詰めながら、蓮はそっと目を細めた。先程から、あの妖が言っていた四魂の玉とはあの玉の事か……? 私は、ウエストポーチの中の奥底で布の小包に包まれた物に視線を向けた。あの子の亡骸と共に出て来た水晶の様な玉。この玉とあの妖が言っていた四魂の玉と何か関連性があるのだろうか。ふっとそんな事を考えていれば、井戸の中ので浮いていた身体がゆっくり地面に近づき、地に足が触れた。どさりと、重力に逆らって身体が倒れ込む。先程、あの妖と出会った異空間ではなく何処か見覚えのある井戸の中。異空間の世界から戻って来たのか……? 疑問気に視線を上へ向ければ、何処までも澄み渡る青空が視界へ入り込む。
「?」
知っている井戸の中の筈が、何処か妙な思いを抱く。
「……」
ぼんやりしたまま青空を眺めて居ると、何処から共なく、見覚えのある一匹の蝶が、井戸の中へ飛んできた。私が、あの境で生み出した無数の蝶の群れの一匹だ。
「貴方も此処へ来ていたの?」
私の肩の上で羽休めをする蝶へ語り掛ければ、蝶は肯定するかの様に、私の肩から離れて、ゆらゆらと私の周りを優雅に舞う。そして、蝶はゆっくりと私の側から離れ、舞うように飛びながら上へと羽ばたいて行く。まるで、私に付いて来いと言う様に。
「上に、何かあるのね……」
蝶の後に付いて行く様に、蓮は井戸の外から壁にかけて生えているツタを伝って登る。そして、井戸の中から出ると蓮は少し目を見開く。
「……」
私が住んでいる神社の建物は無く、何処までも広がる森林。
「貴方が私に教えたかった事ってこの事?」
蝶に問いかけるも蝶は、ゆらゆらと優雅に舞うだけで何も応えない。蝶が、私の問いかけに応えないと言う事は違うと言う事。ならば……。
「案内してくれる……?」
私の問いかけに蝶は、ゆらゆら優雅に泳ぐ様に森の中へ進んで行く。私も、蝶の後を追って森の中へ入って行く。
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