降り止まぬ雨に全てを流して


美食屋・トリコ



ー美食屋ー



未開の味を求め、まだ見ぬ食材を自ら探し補食する。食の探求者である。現在、世界には、役30万種類の食材が存在するが、その2%は、トリコが発見したとも言われている。まさに、グルメ時代のカリスマなのだ。

「あー? オメーも来るのか、蓮!?」
「うん。上司からの命でガララワニの生態調査を……」
「これから、どこ行くか、わかってんだろーな」

「うん。パロン湿原……危険指定区域」
「ほぉ……どーやら。ちゃんと、遺書は残してきたみたいだな」

意地悪な微笑みを浮かべてトリコは、蓮を揶揄う。そして、すぐ側で止めてあった船の上で作業をする一人の男性へ声を掛ける。

「やあートム! いつも悪いね!」
「ホントだぞ! 即諾で船だせる程、こっちも暇じゃねーんだ」

十夢と呼ばれた男は、訝しげな表情で無愛想気に答えた。

「そう言うなって……」

少し、不貞腐れながら、持っていた荷物を船へ乱暴に投げ飛ばし、自身も船へと乗り込む。そして、蓮の方へ振り返ると蓮へ向けて手を差し伸べる。

「ほら、足場が悪ぃから気をつけろよ」
「うん」

トリコの手を掴み、腕を引かれながら十夢の船へ乗り込む。

「パロン諸島の南岸までしか行けねーぞ! いいか?」
「十分だ。……ああ。それと、客が一人、いるんだが」

トリコの大きな背で隠れていた蓮の方へ視線を向ける。

「ほォ……」

トリコの背後から現れた蓮を、十夢はサングラス越しから見詰める。

癖毛や痛みを知らない真っ直ぐと伸びた絹糸の様な、美し気な黒髪は毛先へと掛けて美しい青紫色へと変わり。陶器の様な白く透き通るきめ細やかな肌と艶を帯びた形の良い桜唇。そして、何よりも、長く綺麗なまつ毛で影を落としているものの、夜空を切りとった様な深い藍色中で輝く星屑を閉じ込めた美しき瞳。「なんつーう、魔性の瞳してやがる」トリコ同様、彼女の瞳に釘付けになった十夢は、ゴキュと喉を鳴らした。これ以上は、彼女を見詰めているの危険だ。でないと、誰かの視線等気にする事無く、今此処で、此の可憐で華奢な少女を力任せで押さえつけて、抵抗する少女等、お構いなしで無理矢理でも彼女を貪り尽くしてしまいたくなる。十夢は、焼き切れそうな理性を振り切り、蓮から視線を逸らし、船の舵を取る。

「んじゃあ。出発するぜ!」

蓮の方へ視線を向ける事無く、十夢は船を発進させた。

揺れ動く船に煽られながら座って、ぼんやり空を眺めていると、ポンと何かが弾ける様な音が聞こえて来た。音の方へ視線を向ければ、向かい側に座るトリコがシャンパンのコルクを開けて、3本纏めて豪快に飲んでいた。

「おいおい、仕事前からシャンパンか! オレにも飲ませろ」
「……っはァ。ただの食前酒さ。これから、朝食だ」

食前酒は良いけども、飲み過ぎなのでは。と突っ込みたくなったが、敢えて飲み込む。

「それより、トリコ! 何なんだ、そいつは!? 見習いの美食や屋か?」

船の運転をしながら、十夢は蓮の方へ視線を向ける。相変わらず、彼女を貪り尽くしてやりたい欲はあるものの、先程よりも幾分かは、冷静さを取り戻していた十夢は、彼女の事をトリコへ聞く。

「こいつら、依頼人の蓮だ。どーしても、一度死んでしまいたいそうなんだ」

蓮の手を引き、トリコは自身の腕へ抱き込む。

「依頼人!? わっはっは。物好きもいたもんだな。ケガしても労災も何も下りねーぞ、お嬢ちゃん! 危険区域は、保険適用だからな。死んでも当然。自 殺と同じだ」

笑顔で物騒な事を言ってのける十夢。

「平気です。嫌でも、労災下ろさせるんで」
「はっはっ! 面白いな、嬢ちゃん!」

表情を変える事なく平然とした態度を取るh蓮#へ、十夢は嘸かし面白いと言う様に声を上げて大笑いする。その隣では、トリコが持って来ていた荷物から漁って取り出した、ストライプサーモンを生で齧り付いて居た。心底、美味しいと言う様な表情で、勢い良く、ストライプサーモン食して行く、トリコをじっと見詰める。

「そう言えばよ、蓮! お前、どこの店で調理してんだ? 高級ホテル? 高級料亭? 今度、食べに行くから教えてくれよ」
「……? 何で、私が"料理人"だって分かったの?」
「お前の"手"から食材の匂いがプンプンするんだよ。毎日、生の食材を触ってなきゃ、染み付かねー匂いだ。それに、油や調味料の匂いもする。まず、料理人コックに違いねぇ」
「匂いね……。でも、何で高級ホテル・・・・ だって分かったの?」
「だから、匂い・・だよ」

一般料理店では、まず出回らないであろう、高級ホテルや料理店だけが扱う食材のトロウナギや、つぶ貝の実、赤毛のブタ。メロウオイル、高級な油でさえもトリコは言い当てる。流石の蓮も、トリコの凄まじい嗅覚に目を見開く。嗅覚は、''味''を測る上で最も大切で重要な感覚器官。幾ら、鼻が良いとは言え、ここ迄、忠実に食材を充てるまでは出来ない筈。此れが、プロの美食屋って訳ね……。

「……で? どこ?」
「……まだ、未熟者ではあるけど、「ホテルグルメ」で、、コック長をさせて貰ってるよ」
「おおー。五ツ星ホテルじゃねーか? 何だよ、早く言えよ〜。今度、フルコースご馳走してくれよ! なぁ!」
「……この旅で無事に戻れたらね」

瞳を伏せて自身の膝下を見詰める。

「実はね。今回、同行、上司からの命じゃなくて自分の意思で此処へやって来たの」
「ん……」
「ホテルのコック長として……さらに、一流の料理人になるのが、小松わたしの夢で。「グルメ時代」に恥じぬよう、最高の食材に最高の調理を施す事が……」

あの子が生きて居た頃の夢を蓮は、自分の事の様にトリコへ語る。





カメリアに咲く