誰かが言っていた。全身の肉が、すべて舌の上で蕩ける霜降り状態の獣がいると……。
プリっプリで、ずっしり詰まったオマール海老やタラバ蟹の身が、一年中生る樹があると……。
琥珀色の上質で
人々は魅せられる、未知なる美味に。
世はグルメ時代。未開の味を探求する時代なのだと……!
*
「ん〜〜。わかってると思うけどサァあ。シェフ……。今度のグルメパーリーには、各国の首脳を始め、うちの
髪の毛を弄りながら、無茶な事を言ってのけるウーメン梅田に対して、蓮は少し呆れ気味に答える。
「一応、うちで用意できる最高の肉ですが……」
「ガララワニの肉を……出せないの?」
此方の事情等、お構いなしでウーメン梅田は世界最高ランクの肉を要望する。
「お言葉ですが、局長。それは、ムリな注文です。調理がではなく、
ガララワニの捕獲は5レベル。此処のホテルの人達が容易く調達出来る捕獲レベルでは無い。其れは、ウーメン梅田もわかっているのか、悩まし気な表情で顎に手を置き、深く考え込む。
「……ん〜。確かに……ガララワニは"捕獲レベル5"。戦車を用意しても、はたして仕留められるかどうか……」
ウーメン梅田は、少しだけ時間を置き考えた末。渋々ながらもある決断を下す。
「仕方ないわね……。多少、お金はかかるケド……"美食屋"に依頼しましょう」
「ま……まさか……!!」
先程まで顔色を変える事なく、ウーメン梅田へ対して強気で言い返していた総支配人は、驚きの表情を浮かべる。
「ガララワニ級を仕留める美食屋となると……」
「トリコに依頼するのですか?」
驚く総支配人とは裏腹で表情を変える事なく無表情で冷静な蓮へ、ウーメン梅田は首を上下へ頷かせる。
「そこで……蓮。貴女にお願いがあるの」
含みのある微笑みを浮かべて、此方を見詰めるウーメン梅田へ対して、蓮は、酷く嫌な予感を感じていた。
*
木々が生い茂る森の中。釣り糸を垂らして獲物が掛かるのを待っていたトリコへ、蓮は、どう声を掛けようかと悩んでいた。 背後に居た蓮の存在に気付く事なく、トリコは近くに置いていた酒を手に取り、勢い良く酒を口の中へ頬張り飲み干すと近くで生えていた木の枝を、糸も容易く折る。折った枝を口へ咥え込み、火を付ける。そして、葉巻となった枝を口一杯吸い込みながら、やっと此処で、自身の背後にいる蓮の存在へ気が付いた。
「……ん? 何だ? ……誰だ。お前?」
此方へ振り返った彼へ、蓮はまたとないチャンスだと思い、トリコへウーメン梅田から課せられた依頼を話す。
「ほォ……。ガララワニか……。部位によっては、小売でkg50万は下らんぞ……。客は、一般客じゃないな……」
蓮の話を全て聞き終えたトリコは、興味無さ気な表情を浮かべたまま、咥えていた葉巻を吹かし、此方を見る事もせず、じっと釣り糸を垂らした湖を見詰める。
「まあ、どーせ。IGOのバカどもだろ」
やはり、名の知れた美食屋とも言う事もあり察しが良い。だが、些か。口が悪すぎるのも良いかがな物か。
「結論から言って。まず、生け捕りはムリだ……。そーとータフな仕事になる!」
険しい表情と冷淡な声音で蓮へ告げる。相変わらず、此方へ視線を向ける事はしない。
「その口調ぶり。OKって事でよろしいですか?」
メモ帳へ書かれた蓮の言葉を、一度はチラリと尻目で見るが、釣り糸を垂らしていた竿が歪な音を立てて撓った。
「お、きたか!?」
「?」
撓る竿を力一杯持ち上げて、力強く引っ張る。
「きたぁーっ!!」
湖から吊り上げられた大きなザリガニの様な獲物。もとい、ザリガニフィッシュが釣れた。其処へ、獲物へ狙いを定めてやって来た五ツ尾オオワシ。
「野郎め」
トリコが釣った獲物を横取りしようとする五ツ尾オオワシをトリコは、釣り糸に繋がったままのザリガニフィッシュごと、五ツ尾オオワシを地面へ力強く叩き付けた。叩き付けられた、五ツ尾オオワシやザリガニフィッシュは、地面に強く頭を打った事で、二匹仲良く目を回して気絶している。
「だっはっは。「五ツ尾オオワシ」までついてきた! 一石二鳥ってやつか!」
高らかな声音で上機嫌で笑い声を上げる。
「これ、いい釣り竿だろ。76ミリの鉄筋に、エレベーター用のワイヤーを巻きつけてある。限界張力は約50トン……! 小型のクジラだってワケなく一本釣りだ!」
得意げな表情で釣り竿を見せて来るトリコ。あの、大きなザリガニフィッシュを釣り上げるぐらいだから、普通の釣り竿では無い事は、薄々勘付いていたが。いや、それよりも。釣り竿がどのくらいの重さを耐える事よりも、その釣り竿を振り回す、トリコの筋力の強さに感心する。
「ちなみに。ガララワニは、これを割り箸のようにヘシ折る! 捕らえるのは、容易ではないと理解できたか?」
「……」
「わかったら、上司に伝えな。報酬は、その倍もらう! 生け捕りでな!」
「……確か、先程は生け捕りは、無理だと……」
「kg単価20万じゃ、割に合わんって意味だ……! その気になりゃ、捕獲はワケねーだろが!!」
「分かりました。上司にお伝えしときます」
先程の発言は、やる気の問題だったのか。まあ、確かに。トリコの言う通り、ガララワニは世界最高ランクの肉。トリコの言う通り、20万じゃ割に合わない。
「よし! んじゃ、もうひと釣りするか!」
「……あの二匹は? ザリガニフィッシュと五ツ尾オオハシ……」
「あれは、デザート! これから、メインの沼鮫を釣るぞ!!」
「……」
「お前も、一緒に釣るか? 」
トリコは、逞しい腕の腕力を使って、枝を折るかの様に、鉄筋で出来た釣り竿を涼しげな表情で折った。
「お前。名前、何てんだ?」
「……蓮と申します」
「蓮か、いい名前だな。後、無理して敬語で話さなくても良いぞ」
出会ってから、まともに視線が合わなかったトリコと、初めてお互いの目線が合わさる。夜空を切りとった様な深い藍色中で輝く星屑を閉じ込めた美しき瞳。飴玉の様な綺麗で美しく、美味しそうな瞳に、ゴキュとトリコの喉が鳴る。
「ほらよ」
トリコは彼女の視線から目線を外し、なるべく彼女の瞳を見ない様、綺麗に真っ二つに割れた釣り竿を渡す。蓮は、トリコと釣り竿を交互に見遣った後、おずおず釣り竿を受け取った。
「明日、出発する」
最初に出会った時の様に、蓮へ視線を向ける事無く、湖に釣り糸を垂らし、釣りをし始めた。