初恋


 今思えば、きっとあれが初恋だった。

 いつも通り学校に通った。そして家に帰った。その後は友達と公園で遊んだり、歌ってアイドルごっこをしたりしていた。もちろん家というのは寿弁当で、よくお客さんにも可愛がってもらうことだって多かった。

 その日もいつも通り、お店にいる母に公園に行くと報告しようとお店に顔を出した。その時、見慣れない女の子が男の人と手を繋いで店内にいた。

「わ、こんにちは!」

 長くてふわふわの髪の毛。ぱっちりとした目に、無邪気で明るい笑顔と声。見るからにはぼくよりも少し年下で、子供の頃なんて大層年の差なんてないのにうんと小さく感じて、可愛らしく思っていた気がする。

「こんにちは! お弁当買いに来てくれたの?」
「うん、おひるごはん」

 ぼくの片手にボールを持っているのが分かり、それに目をやるとその子は「どこいくの?」と不思議そうに聞いてきた。

「近くの公園で遊んでくるんだ!」
「! わたしもいきたい! パパ、あそんじゃだめ?」

 パパ、と呼ばれる父であろう人物にその子は目線を向けた。優しそうで温厚そうな雰囲気を持つその人は、決して嫌そうな素振りも見せずに「いいよ」と許可を出した。

「お弁当だけ買うから待ってろ、パパも公園に行くから」
「やったー!」

 その様子を、カウンターで見ていた母に「お兄ちゃんとして面倒見てあげなね」なんて言われて、弟の立場であったぼくはなんだか妹が出来たみたいでなんだか嬉しい気持ちになった。

「友達になろ! わたし、サラっていうの。名前はなあに?」
「ぼくは嶺二だよ! よろしくね、サラちゃん!」







 近くの公園に、その子とその子のお父さんと一緒に二人を案内した。ぼくの友達と合流しても、その子は人見知りする素振りを見せず元気に輪の中に入って遊んでいた。

 その頃からずっとアイドルは好きで憧れていた。
 いつものように、その公園で「れいちゃんコンサート」なんて称して歌って踊って、アイドルごっこをした。拙い技術ではあれど、友達がそれを見て喜んでくれたりするのが更に楽しくて。
 それを初めて見たその子も例外じゃなかった。

「れいじくんすごい! かっこいい!」
「ホント? ぼく、アイドルっぽかった?」
「あいどる?」

 彼女はアイドルというものにあまり慣れ親しんでいなかったみたい。だからぼくはアイドルについて教えてあげた。
 アイドルが歌って踊って、ぼく達ファンを楽しませる。ぼくも、そんなアイドルになりたいっていう夢まで。

「じゃあわたし、れいじくんのファンになる!」

 そのとき、ファン宣告されたのは彼女が初めてだった。友達に色々見せたとしても、賞賛の声はあっても今一度改めてファンと口にすることは無かった。単に、子供の思考ではそこまで頭が回らないからだけではあるけども。
 それでも、彼女のその言葉がとっても嬉しかった。

 アイドルについて教えた後は、その延長線で色んな話をした。その子は遊び疲れたらしくて座り込んでのんびりして、ぼくはその横に座って話していた。その間他の友達は遊び足りなくて先に遊んでいた。

 彼女はここら辺には住んでいないこと。埼玉ではない、遠いところからお父さんの車で来たということ。それからお母さんが外国人だという話を聞いてだからそんなに美人なのかと思ったり、ぼくがオドロキマンを好きなように彼女は変身する魔法少女アニメが好きだったり。

 だけど、そんな時間はあっという間に過ぎていく。

「もうすぐ帰るよ」
「えぇー!」

 遅い時間ではないにしても、遠いところから来たのだから早めに帰らなきゃ行けないのだろう。その子はもちろん名残惜しい反応を見せた。まだ遊びたい、と駄々を捏ねたいようだったけどそうもいかないことは分かっている様子だ。

「大丈夫、また会えるよ! 今度はぼくから会いに行く!」
「ほんとに?」
「ほんと! そうだ、ぼくいつもメモ帳持ち歩いてるんだ、だからここにメモして忘れないようにする」

 それはいつ、寿弁当のメニューが思いついても忘れないようにと持ち歩いているメモ帳だ。メモ帳と鉛筆を取り出して、最後に彼女について色々聞いた。

「じゃあね、れいじくん! またあそぼうね!」
「もちろん! またね!」

 その子は片方をお父さんと手を繋いで、もう片方をぼくに手を振って公園を後にした。




「懐かしいなぁ……」

 一枚の紙切れを片手に、ぼくはそう呟いた。
 当時漫画家も目指していたぼくが、オドロキマンを真似てマンガを描いていたノートを実家から持ってきていてしまってあった。

 何気なく見返したくなって、ページをパラパラとめくっているうちに出てきたのがこのメモだった。
 そのメモには、当時のぼくの拙い字で確かにこう書かれていた。

――かやもり さら

(元気にしてるかなぁ……)

 あれから会うことは結局一度も無かった。
 それでもぼくは彼女のことを中々忘れずにいて、またどこかで会えないかなと期待していた。なんなら十歳で芸能界入りを果たしてメディア出演が増えてきた時、どこかでサラちゃんがぼくのことを見ていてくれないだろうかなんてまで思っていた。

 でも、そこから十何年も過ぎた。
 ここまで引きずってるのなんて、おかしいかな。
 きっとあの子はすごく小さかったから、もしかしたらぼくのことなんて覚えてないかもしれない。それでも、ぼくの記憶に強くこびりついて中々離れようとしなかった。

 だから、ここまで来たら忘れようとせず、大切に記憶の中にしまい込んでいようと、そう思っていた。

 だというのに、出会ってしまった。
 なんてことのない場所で、たまたま偶然、ばったりと遭遇して。
 だから、もしこの機会を逃してしまったら、きっとぼくは一生後悔する。なんとなく、そんなこもを一瞬にして考えて、思わず口から名前を呼ぶ声が出た。

「もしかして、サラちゃん……?」

 これを、運命と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。



あとがき
余談だけどこの時嶺二は8歳でサラは3歳です




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