再会


 それは、なんともない休日であった。
 調子の良かった私は気まぐれに外に出て、街を歩き買い物をしたり色んなお店を見回ったりふらっと飲食店に入ったりと、一人で自由に一日を満喫していた。
 秋に入り気温が下がって、最も過ごしやすいこの季節は私が最も外に出たがる時期だ。夏は暑さで家の中でひたすら涼しいクーラーの風を浴びて暇していた分、アクティブに動き回っていた。少しの肌寒さがあれば大嫌いな汗をかくこともなくて丁度いい。

 午後にカフェで軽食を済ませ、お店を出て財布の中をいじくる。ズボラな性格故に、レシートも適当に財布の中に入れているせいでパンパンになってしまって、一度出したカード類も元の場所に戻さないせいで探す手間が出てきた。
 流石に財布の中を整理するか、と通行人の邪魔にならないように、道の端っこに寄る。とは言え、平日なのもあってここらは人通りが少ない。気にする必要は無いかと思うが、かと言って道のど真ん中に突っ立ってるなんて落ち着きやしない。

 次からはちゃんと逐一整理するかぁ、なんて絶対にしないようなことを思いながら色々まとめていると、ふとした拍子に一度手にとっていたカードが手元から滑り落ち、落としてしまった。
 不運にもそれはただ下へ落ちるだけではなく、落ち方が悪かったのか少しばかり転がってしまい少しだけ離れた位置に行ってしまった。

 拾えない距離では無いが、とはいえ番号やらセキュリティコードやら名前やら、個人情報の塊と言っても過言では無いものだ。そんなものを落としては焦るに決まってる。あと、ICチップに傷がついたりなどして機能しなくなったら再発行する羽目になるのだから、正直それが面倒だ。
 だが、幸か不幸か人通りの少ない道だったはずなのに、丁度人が通り掛かる。その人は、地面に落ちていた私のカードを見逃すことは出来なかったのか、しゃがんで拾い上げた。嗚呼、どうか親切な人で、返してくれますように、なんて祈りながら駆け足でその人に駆け寄って声を掛けた。

「すみません、それ私が落としてしまったもので……!」

 その人の性別は、外見からして男性だ。カードに向けていた目線は、私が声をかけると同時に私の方へ向く。パッチリと大きなその目は、柔らかさを持っているからか暖かそうな人柄だとなんとなく思って、怖そうな人ではなく良かったと勝手に安堵する。

「……はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」

 カードが手渡される。良かった、と思うと同時に、その男性は「ねぇ」と続けて私に話し掛けた。

「あのさ、サラちゃん……だよね?」
「え?」

 確かに、私の名前は茅森サラだ。サラちゃんかと聞かれて、イエスかノーかで聞かれたら確かにイエスだが、生憎この人と関わった記憶は私の中には一切ない。だから、初対面のはずなのだが。
 もしかしてさっきのカードに記載されている私の名前を見て即座に覚えたとか? やっぱり変な人? 怖い人? なんてちょっとした不安が込み上げてくる。とは言えうじうじ悩むのは生憎性にあわずそれすらも億劫に考えるレベルのめんどくさがり屋なので、仮にこいつが変な人だったらその股間に蹴りを入れてブツを潰せばいいか、なんてテキト〜なことを思ってはそれ以上考えるのを放棄した。

「私達、どっかで会ったことありましたっけ?」
「うん、小さい頃だけど。お父さんと埼玉に来たこと無かった?」
「あー、それはありましたけど……なんでですか?」
「ぼくの実家お弁当屋さんなんだけどね、そこにお父さんと二人でお弁当買いに来てくれて、その後公園で一緒に遊んだんだよ。ぼくなんて名前までメモして覚えようとしてたぐらいだから、さっきカードの名前を見てピンと来ちゃって」

 って、急にこんなこと言われても怖いよね。
 なんて言われて、ああ、その自覚はあるんだと失礼ながらにも思った。なんならもっと正直に言うと、そんなこと一ミリも覚えてない。
 確かに父の生まれは埼玉らしく、よく父の運転する車に乗り高速道路を走って埼玉に行った記憶だけはあるが、埼玉のどこに行き何をしたかはビックリするぐらい覚えていない。まあ、その時の私なんてまだ四歳か五歳ぐらいだから無理も無いかもしれない。

「ごめんなさい、ぜんっぜん覚えてないです!」
「うそ〜! ぼくのことれいじくんって呼んで一緒に遊んでたんだよ?」
「ほんとですか?」
「ホントホント、嘘なんてつかないよん☆」

 ウインクをしながら、お茶目に表情をコロコロ変える彼は明るくて接しやすい人間だなとは確かに思う。

「良かったら思い出話ついでに色々話したいんだけど、この後時間ある?」

 ……前言撤回。ただチャラいだけの男なのかもしれない。そんな台詞はただのナンパとそんな変わりないのでは?
 しかし、正直着いていきたい気持ちはある。この男に惹かれたというわけでは無いが、亡くした父のことを少しでもこの人が知っていたのなら、それを知りたいと思った、ただそれだけだ。だから心底この男なんてどうでもいいのだ。

「まぁ、ありますよ。どこかお店入りますか?」
「そうしよっか! それじゃあ、ぼくの運転する車においで」
「ちょっと初対面の人の車に乗るのは怖いので先に行き先だけ決めてからでも良いですか?」
「あっ、そうだよね、覚えてないなら初対面だし怖いに決まってるよね! 気が遣えなくてゴメンね」

 そう言って二人で色々話し合いながら話す場所を決め始める。だが、この段階で男は衝撃的な発言をし始めた。

「あれ、ていうか、ぼくのことホントに知らない?」
「だから覚えてないですって」
「そうだけど、それとは別で! ほら、寿嶺二って名前、テレビとかで聞いたことない?」

 彼の名は、どうやら寿嶺二というらしい。
 いや、そんな情報は今どうでもよくて。テレビとかで、という発言からして、もしかして、芸能人か?
 だとしたら一気に血の気が引く。私はとにかく目立ちたくないし、変装しているだろうけど文春とかに撮られてうっかり雑誌デビューとかしてしまったら本当に嫌だ。だとしたら外に長く二人で滞在する訳にもいかないし早く行き先を決めてしまおう。

「……じゃあ個室居酒屋とかの方が良いですよね」
「えっ、ぼくのこと気遣ってくれてるの?!」
「もし貴方が芸能人だってバレて騒がれてる中巻き込まれるのが嫌なだけです!!」
「でも個室居酒屋って大体夕方開店だよね? 今二時だよ」
「……」
「まかせて! 芸能人御用達の超プライベートなお店知ってるから、そこにしよっか」

 そんなこんなで行き先が決まり、彼の車に乗ることになった。
 「ぼくちんの愛車、可愛いでしょ」なんてウキウキでいう彼だが、芸能人と関わってしまったという事実にこちらは心臓バクバクで、それどころでは無かった。





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