友達


「ほんとにぼくのこと知らないの?」
「だからテレビ見ないんだって」
「えー、ぼくちんかなり知名度高い方なのに? それに、芸歴だって長いよ? 人気番組の司会だって務めてるし!」
「……やっぱり知らんなぁ」

 着いた場所は、芸能人御用達だというプライベートなカラオケルーム。とは言え、食事やドリンクの注文も可能で使用用途は多岐に渡ると言う。
 そんな場所で向かい合って、適当に飲み物でも飲みながら会話している。上記の会話は、私が寿嶺二というアイドルを知っているかどうか、という内容なのだが、何で揉めているかは察しの通り私が彼のことを認知していなかったということ。

 彼には悪いが、私は寿嶺二というアイドルの存在を知ったのは今まさにこの瞬間である。

「カルテットナイトは知ってる? 最近結成したグループで、ぼくちんも所属してるんだけど……あ、この三人が他のメンバーね」

 そう言って四人の画像をスマホで見せてくる。本当に信じられないぐらい世間というかテレビに疎い為初めて見る顔ばかりではある。だが、一つだけ見知った顔がいる。

「あ、これカミュって人じゃん」
「エッ、なんでミューちゃんのこと分かるの?!」
「なんか昔友達が好きだったから存在だけ知ってる」
「ぼくちんのことは?!」
「数分前に知った」
「うぅ、しょぼーん……」

 ちなみに、しれっと私達の距離感が縮まっているのは、道中彼の運転する車内で会話していたのがきっかけだ。
 話せば話すうち楽しくなって、感性やノリが近いことも分かりあっという間に盛り上がった。最初は敬語で警戒していた私もすっかりタメ口で警戒心もゼロになり、道中はずっと他愛もないことからくだらないことまで笑いが絶えず一気に仲良くなった。

 根本的に、男性自体うっすら全員嫌いな私にとって、ここまで男相手に楽しいなんて思ったことは無い。だからちょっと新鮮で不思議な感覚ではある。

「そういえば小さい頃会ったことあるって話だけどさ、それって何歳のときのこと?」

 結局、本題はこの話だ。
 彼――本人に、れいちゃんって呼んでって言われて以来言葉に甘えて嶺ちゃんと呼んでいるが、嶺ちゃんは考えるような仕草をしながら答える。

「んっと、ぼくが小学……三年生のときのことかな? サラちゃんってぼくの何個下? ちなみにぼくは二十五歳だよ」
「私は二十歳、だから……当時私三歳? そりゃ覚えてるわけなくない?」
「確かに、三歳ってあんまり記憶ないよね……覚えてなくて当たり前かぁ〜」
「悲しそう」
「うん、悲しい」

 三歳の女の子とかいう、どこにでもいそうなたかがガキのことをよく長年覚えていたな、なんて思う。そんなニュアンスのことを言えば、「ファン一号だったんだよ」という返事が返ってきた。

「ぼく、その頃からアイドルに憧れてよく歌って踊ったりしてて、その時もアイドルの真似事をサラちゃんに見せたんだけど、そしたらサラちゃん、『れいじくんのファンになる!』って言ってくれて。何気にファン宣言されたのって初めてだったからすっごく嬉しくて心に残ってたんだ」
「はぇー、そう。なんか……覚えてなくてごめんね」
「もう、ホントだよっ!!」

 れいちゃんかなし〜! なんてふざけた泣き真似をする様子は、普段の仲良い友達に対する私の態度となんら変わりはなくて、そういう姿が余計親近感を湧かせる。そして彼のバカらしい行動を見て自分も中々にバカだったんだなぁと気付く(これは本人に言えないけども)。

「てかその時私お父さんと来てたんだよね? 私のパパがどんな感じだったか覚えてる?」
「え、サラちゃんのお父さん? うーん、サラちゃんの記憶が強烈すぎて……ただ、温厚で優しそうだなって印象はあったなぁ」

 大した情報を得られないことに、そっかぁ……と思わず落胆する。そりゃそうか、余程の事がない限り人の親に対して色々細かく覚えるはずがないか。

「お父さんは元気にしてる?」
「ん、今年亡くなったよ」
「えっ?! な、なんかごめんね。不本意とはいえ思わず辛い話題に触れちゃって」
「大丈夫だよ、時間経って色々落ち着いたから。てか、パパの話題振ったのも私の方だし」
「そっか……」

 一気に、しんみりとした空気になる。
 そりゃそうだ、人の身内の不幸の話題なんてこういう空気にならない訳が無い。だがそんな気まずい空気はそこまで長く続かず、その後は普通の会話へと戻る。
 そしてひとしきり会話をした後に、嶺ちゃんはスマホを片手に持った。

「良かったら連絡先交換しない? 折角だから、お友達になろうよ」
「ああ、いいよ。ラインでいいよね?」
「うん、ありがとう。暇な時とか空いた時とかにまた連絡しちゃうかも。サラちゃんって、話してて結構楽しくて」
「そう? でも私も楽しいよ」

 慣れた手付きで、私がQRコードを表示して嶺ちゃんがそれを読み取る。読み取ってできたアカウントを追加して、トークを開けば嶺ちゃんは一つ私にスタンプを送信した。

 たぬきの可愛らしいデフォルメキャラクターのアイコンの、よろしくというスタンプだった。ここで手持ちにあるクセの強い変なスタンプを送るのも手だが、どのスタンプを送るかを考えるのが面倒くさくなり無難に可愛いポメラニアンのキャラクターのスタンプを送信し返した。

 数少ない友達一覧に唯一、異性が登録された。
 男友達なんて、小学生の時以来いなかったものだからなんだか変な感じだ。男女の友情は成立しない、なんてのが私の考えだけど正直恋愛なんてしたくないし彼氏を作る予定も結婚する予定も一ミリたりともない。
 だから、今後この人をそういう目で見ることは無いだろうし、例えあったとしてもアイドルで明るく人当たりの良い人柄だからどうせ言わないだけで彼女がいそうではある。必然と、私に勝ち目がないのは目に見えていた。前の職場でも、こういう人は大抵既婚者で、そりゃ売れ残るはずないよなぁと当時は思った。

「改めて、サラちゃんと再会できて良かったな」
「まあこれからはいつでも会えるし」
「ホント? 誘ったらまた会ってくれる?」
「いいよ、予定入ってなかったらね。でも私をスキャンダルに巻き込んだりとかはしないでよね?」
「あはは、大丈夫。ぼくちんはプロだから任せてっ!」

 こうして、私と嶺ちゃんの関係は、まず友達として第一歩を踏み出した。





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