平和に行きましょう。

ははおや


 沙は母親を知らない。
 顔を見たこともなければ会ったこともなく、父親も母のこととなると途端に口を噤んでシラを切る。しかし背丈が七尺余りある地味で印象に残りづらい顔の父と、女にしか見えない自分を見比べれば、自ずと「私は母親似なんだろうな」と判断はついた。
 大人が敢えて話さないことを、粛々と黙って聞かないでやろうとする程しおらしくない。だが、父の不興と自分を産んだ母への興味は、天秤に掛けるべくもない。
 別れた女房に似た子どもがふとした時に疎ましくなって放り出す、なんてことは片親の父親なら有り得ない話でもないからだ。今の所、沙の父は酒も博打もしない半農半忍の落ち着いた男だ。しかし人間、仕事や人間関係からのストレスで虫も殺せぬような者が突如包丁片手に道行く人を刺殺する変わり様を知っているだけに、決して安心材料にはならなかった。
 それにもし、自分の母親たる女がろくでもない人間だったら…と思うと背筋が震える。


 だけど、沙は知らない。
 本人的には「きっと母親似」の顔が正に母親の生き写しレベルであることや、ろくでもない人間どころかかなり面倒なお家柄であること。そして、地味で格好のつかない父親が、かつて“のっぺらぼう”と呼ばれ恐れられた人間であることを。
 女装をして知らぬ町に出た沙が、不意にとんでもない騒動を引き起こす事など、今はまだ知らなかった。




 
 女のような“しな”を作り、柔らかな所作をするのは沙にとって造作もない当然の行為だった。何せ女であった記憶と経験があるのだから、むしろ時々男らしさとはなんだろうか?と首を傾げるくらいである。
 だからか、沙がその端正な顔を使って男相手に媚を売る真似事は他の仲間が苦戦する横で遥かに受け入れやすく、また性に合っていた。昔ならば揶揄い、見下す態度を取った同級生も稀にいたが、彼ら彼女らは学年が上がるにつれて落第したり、また実家で流行り病にかかり亡くなったり、とにかく様々な理由で沙の前からいなくなっていった。
「あらぁ、また来てくださったの」
 暖簾をくぐって店内にきた男は、沙を確認するとしかつめらしい相貌を緩ませて挨拶してくれた。手早く空いた席に案内し、店定番のメニューを取って奥にいる店主へ伝えると、別の客からまた注文や世間話を誘われる。
 団子屋のアルバイトを勤めるようになったのは自分でお小遣いを得る為と、対人に関するスキルをとにかく引き上げる訓練の名目があった。得た金で女装用の布や化粧品を買い、更に女装に磨きをかける。そして更に女や男の自然な言動を学んでいく。教師陣は何故か引き攣った顔をしていたが、伊達に成果を出し続ける変装の訓練となれば止める手立てもないらしく、今日も小松田に見送られてやって来ていた。
「“サチ”ちゃんは今日も別嬪だねえ」
「お世辞を言っても、お団子は増やしませんよ」
 どこからともなく髪に触れかけた手をあしらいながら、狭い店内を器用に抜けていく。立地が良すぎるのと、商品の男子が美味いお陰で日々繁盛しているらしいこの店は沙にとっても好都合ではある。そこら辺にある偽名、流れ者の行商人、とりあえず美味い団子。これだけ要素が揃って沙が特別目をつけられることもなし、安心してアルバイトが出来るというものだ。
 こなれた風に客と軽口を叩きながらも、衰えない客足に対応する為にあれやこれやと奔走していく。
 






































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