平和に行きましょう。
ちんちくりん
田中は不服である。何故よりにもよって佐藤はこんなちんちくりんな子どもを連れているのか、全くもって理解出来ないのだ。
「そう邪険にしないであげてくれ、田中くん。何なら手負いの猛獣と思って可愛がってあげてよ」
「猛獣を可愛がれる訳ないでしょうが」
「まぁそう言わず」
「……………」
目の前でそんな会話をされているにも関わらず、無関心を気取る様はいっそ腹が立つ。田中が“救出”される前から既に佐藤と共にいたこの子どもはとにかく意味が分からないのだ。無表情で、無感情で、無関心。ただの死体なのかと思う程動かないこともあれば、朝早くにふらりと勝手にどこかへ消えては夕方に帰ってくる様は身勝手極まりない。しかし佐藤にはそんな子どもを疎ましく思う様子はなく、むしろ勝手に色々行動する度に面白そうにあれこれ話しかけている様子である(会話が成立している場を今のところ見たことはないが)。
見た目は14、5歳程度の若さで、ダブついた服装のせいでやたらと華奢に見える。少なくとも、そう背の高くない佐藤よりも頭一つ分は低いので、大柄な田中からすれば余計に子どもでしかない。髪は長いが中性的に整った顔立ちのせいで、性別からは遠のき謎めいた雰囲気を持っていた。
ひょい、と両脇に手を添えられていとも簡単に持ち上げられた子どもは、田中の目の前で特に抵抗することなくぶら下がっている。人形めいた生気の無さはいっそ死んでいるのではないかと疑ったが、その視線だけは恐ろしく鋭い眼光をもって田中を射抜いていた。
「……そもそもこいつ、役に立つんスか?」
「君の救出時の陰ながらの功労者だよ。小柄だから的になりにくいし、射撃と格闘も上手な仲間だ」
「どーせ俺はヘタクソですよ」
子ども越しに佐藤はへらりと笑う。とぼけたようなそれに気付いたのか、僅かに子どもの視線が後ろを向いた。
「頭を撫でてみるといい」
「…暴れませんよね?」
「噛み付きはしないよ」
そ、と田中の手が目深に被られたフードの下に潜る。思ったよりも柔らかく、艶があるような滑り心地の良い髪に触れた。子どもらしく体温は高い。恐る恐る撫でれば、子どもはやはり抵抗なく受け入れるように無気力だった。
「……なんつーか、猫みたいですね」
「猫かあ。私は死にかけの虎のようにも思うけど」
下ろされた子どもは、またフードを被り直すと二人から大分距離を取る場所へと移動した。
「素直でいい子だよ。教えればスポンジみたいにすぐ覚えるから、田中くんからも何か教えてあげるといい」
「はぁ、フクロのやり方でもいいんスか?」
「良いんじゃない?」
佐藤がそこまで言うのなら、と頷く。が、やはり半信半疑ではあるのだ。
「…………」
「…ん?どうした、お前」
後ろから「ぺった、ぺった」と情けない音を立てるのは子どものビーチサンダルだ。いつものように通り過ぎるだけかと思いきや、雛のようについてくる様子にようやく田中が視線に気付いた。
珍しくフードを被らず顔を見せているが、相変わらずその目と表情に生気は薄い。ただ視線は田中を捉え、何か言いたげに口を薄く開こうとしていた。戸惑っている…のだろうか?時たま佐藤によるお使いでこうして伝達役に走ることのある子どもがまたそうやって来たのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。
「…………ぁ……」
「何かあったのか」
「…とやま、さら」
「とやまさら…?」
「うん、名前は、兎山沙良」
「名前…って、お前のか。あー、じゃあ何て呼べばいいんだよ」
「…何でも」
それだけ言うと、やはり無表情のまま何事も無かったかのように田中の隣を通り抜けて行った。ぺった、ぺった、と抜けた足音はゆっくりとフェードアウトしていく。
取り残された田中の「はあ…?」と溜息とも呆れともつかない呟きは誰も反応することなく静かに消えたが、ふとまた歩き出した途中その歩みは止まった。
そういえば、佐藤が子どもの名前を一度でも呼んだことはあっただろうか?
子どもこと兎山は佐藤の膝上で垂れていた。文字通り、狭い面積では収まりきらない膝上にうつ伏せの胴体だけを乗せ、手足を力無くぶらぶらさせている。
「何やってんですか、それ」
「ああ、これ?寝てるんだよ」
「はぁ…器用な奴ですね」
「これで甘えてるつもりなんだよ、この子は」
「甘えてる…?」
「どうも貧血と腹痛が酷いらしいから、人肌恋しいんだそうだよ」
繊細な部分には至らないままはてなマークを傾げる田中はさておき、ひたすらに苦痛に悶絶する兎山の腰を適当に摩ってやる。実の所、元々ソファの上でみの虫となっていた彼女の病状は死んで治るものではない。これは女であれば等しく受ける苦痛なのだ。
「あと四、五日は我慢だろうねえ」
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