平和に行きましょう。

やみおち


「時間厳守は社会のマナーだ、先方に失礼のないよう気を付けなさい。ほら、その食べかけののベーグルは没収するからね」
 口を挟む余地なく小言を並べ立てられ、返事をする隙もなく勝手に身支度が整えられていく。意地汚く最後とばかりに噛み付いたベーグルを口いっぱい頬張りながら、セレンは次いで用意されていた紺色のジャケットを羽織った。15歳の誕生日を祝って買ってもらったそれは、字楽が張り切ったらしく敷居が高い高級ブティックの逸品だ。これから行く場所を考えたら場違いでは、とセレンは考えるが、社会性を重んじる字楽からすれば第一印象時の服装が最も重要で、重く見る事はあっても軽んじることは許さないらしかった。
「それから、セレン。分かっているな?お前の個性は…」
「“最初にちょこっと晒して、合格になってから全部晒す”!分かってるよ、お父さん。挑発には乗らないもん」
「よしよし、それじゃ頑張ってこい」
「はぁい!」
 姿見の前で一回転、プリーツスカートを翻しておかしな所がないか点検する。
「あっ、お父さん!マスク取って!」
「あぁ、今日はどれが良い?」
「青い花柄がいいな」
「うん、良く似合う。怪我が無いようにだけ気を付けなさい」
「はい!いってきますっ。お父さんもお仕事頑張ってね!」
「いってらしゃい、セレン」



 傍から見れば、非常に仲の良い父娘だろう。娘を程々に愛し、時に厳しく存分に甘やかす父親。そんな父親に甘えながら、敬愛して子どもの成長を見せる可愛い娘。脚を失いながら教員の仕事や育児を両立させる苦労人な父親を支えようと、健気に家事やできる事を増やそうと背伸びする娘の親子関係は真っ直ぐで、ご近所や周囲から「正に理想的な親子」と称賛される程できた家庭を築いている。
 事情を知っている人間からすれば、反吐が出るような茶番劇だ。
 小学校の教員を務める男は、実際には個性持ち児童を専門とする人身売買のブローカー。つまり犯罪者だ。個性そのものの「声」で子どもと身代わりを支配下に置き、一芝居と脚を1本売って当時6歳だった女子児童を手に入れて娘にした変態でもある。
 そしてその娘にされた女子児童は、1人でありとあらゆるテロが引き起こせる生粋の敵としての素質を備えた危険人物。事件以前の記憶を消され、男を父と慕わされている被害者でもあるが、殺人や拷問を砂遊びと同じ感覚でこなすサイコパス的思考回路は自前だという話なので、まるきり無罪な訳でもない。
 2人して人当たりの良い人格者をしているお陰か、足どころか全身裏社会に浸かっているような所業をしていても、表社会を大手を振って出歩ける信用を持っているのだ。正直な所、こんな輩が最もタチが悪く薄気味悪い。人好きのする笑顔で信用を勝ち取りながら、仲良く肩を組んだ隣人をそのまま首り殺せるような頭のおかしさを持っていた。
「えっと、肉倉セレンです。知ってのとおり、そちらの義爛さんのご紹介で来ました。私の個性は、ううんと、簡単に言うと毒です。でも、毒も使い方によったら薬にもなるので、実は回復も出来たりします。具体的なお話は、仲間になれたら話したいです」
「彼女は“とっておき”でね。今の紹介の通り、ここにいる誰よりもまともで素直な子さ。ただ、育てた奴がアレで、れっきとした戦力にもなる。少なくとも役に立たないってことは無い」




























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