平和に行きましょう。
そのよん
逃げ出さなければいけない、このホテルから。
ホテルの支配人に他の客達、そしてこのホテル自体の何から何まで全てがおかしいのだ。
「おじ様、どうしたの?」
「っひ!?」
勝手に部屋の扉が開いたかと思えば一人の少女が僅かに開けた隙間からこちらを覗き込んでいた。
大きな瞳は美しいルビーのようで、髪から肌まで真っ白である彼女は兎を連想させる。事実本来耳がある部分には兎の耳が生え、神経もあるのかひょこひょこと動いている。
この少女はラビィと言い、ホテルの住人の中では比較的常識的な部類に入る方だ。少なくとも奇怪な能力を使って無理矢理時間を巻き戻したり、双六をしたりしない普通の少女だろう。尤も、兎耳と足首の足枷さえ除けばだが。
「おじ様、入っても大丈夫かしら」
「あ、あぁ…構わないよ」
「お邪魔しまぁす」
薄暗いホテルとは対照的に陽気な調子でラビィは入って来た。ひどく愛らしい笑みとじゃらじゃら煩い鎖が不釣り合いだが、椅子に座っていた私の膝へ突進する様子はどことなく落ち着く。
しばらく好きにさせていると、ラビィは不意にこちらを見上げて小さな両手で私の頬を挟み込んだ。
子供ながらも艶やかな唇が近付き、つい喉がゴクリと鳴った。
「おじ様大丈夫?とても顔色が悪いけど」
「最近あまり食欲がないからね」
「シェフが心配してるの」
「あー…そうかい」
正直に言えば、ここのシェフとシェフの作る料理に恐怖を抱いているのだ。
得体の知れない食材が入っているし、見た目も最悪。味は確かに良いが恐ろしくて仕方が無い。シェフ自身も頭は蝋燭で、しかも四六時中巨大包丁を持つ様な男だ。
ラビィの手触りの良い髪に指を通しながら顔を顰めると、ラビィもぷくりと頬を膨らませた。
「シェフがおじ様を食堂まで連れて来いって言ってるの」
「そ、そうなのか…」
「うん、だから一緒に行きましょ?私も今からご飯の時間なの」
普段なら大人の用事で、と何とでも逃げられるがこのホテルにそんなのある訳がない。ラビィに手を引かれて渋々立ち上がる。
更に言えば部屋からもあまり出たく無かったのだが…。
廊下に出ると、ひやりとした空気が頬を撫でた。基本的に静かすぎる程静かなホテルだが、それにしても住人の気配が無いように思える。
ラビィを先頭にしたままロビーに出ると、普段カウンターにいる筈のグレゴリーさんまでいなかった。
ラビィの足元の鎖から聞こえる金属音の他にも、一応建て付けの悪い扉が開く音が遠くから聞こえるが、それらはかえって静寂を助長させている。
「随分静かだね」
「時計のおじ様達はバーで飲むって騒いでたわ」
呑気なものだ。
そのままラビィと共に食堂の扉を開くと、薄暗いが整ったテーブルがあった。
料理も既に二人分用意されており、まだ温かそうな湯気と美味しそうな香りを発していた。それだけなら喜んで食べるが、如何せん色が毒々しいまでに鮮やかな紫である。
ラビィは何の疑問も無いのか、至って普通に椅子に座ってナプキンを首元に巻き、それから私へ期待する様に大きな瞳を輝かせる。
渋々椅子に座り、同じくナプキンを巻いた。
「」
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