平和に行きましょう。

幼女


 コンロの上で火にかけたモーモーミルクは、鍋の中でゆっくりと沸々と温まり始めている。とろ火が上手く調節出来ているか、一瞬たりとも目を離さない様子はまるで水の中のヨワシを狙うニャースのようにも見えた。
「ミ、ミ、ミルクー。ミ、ミ、ミルクー」
 エネコを象ったマグを抱き締めながら、獲物を睨めつける子どもの姿は微笑ましいやら不気味やら。しかし、あちこちの短い房があらぬ方向に跳ねるウエーブがかった赤毛が、歌に釣られて左右に揺れる様は自由気ままさを表しているようで、見ていて飽きることは無い。
「くちなしゃ」
「ク、チ、ナ、シ。やり直し」
「くちにゃ、くち………なし!くちなし!ミルクいれて!」
「ミルクは一発で言えんのになぁ…」
 重い腰を上げて見てやれば、確かに丁度良さげな温度になったミルク。これまで自分で作っていたようだが、1度だけ、うっかり鍋を落としてぶちまけたことがあるらしい。目の前で大好物が無残に散る様がこの子供にとってどれ程トラウマだったのかはうかがい知れないが、以来熱々の鍋に触れる時は大人に頼むようになった。たまにエンジュしかいない時は、そもそも温めずに飲むらしい。
「ほら、コップ貸しな」
 差し出されたエネコのマグカップに、たっぷりとはいかないがそこそこ多めに注いでやる。腹の調子が悪い時は半分くらい、機嫌が悪い時は飲み口ギリギリまで入れて、更に砂糖も大さじ一杯。エンジュにミルクを入れてやる他の相手がどうしているかは知らないが、クチナシがいる時は大体そうして腹と御機嫌の調子を窺っている。
「熱ぃから気を付けなよ」
「すいさん!ミルクすいさんした!」
「はいはい、推参推参」
 ローリングドリーマーの微妙に間違ったジョウト方言は最早正すのも面倒臭い。受け取ったエンジュが、案外慎重に足を滑らせながら、近くの机に辿り着くと同時に近くのニャース達も寄ってきた。
「エンジュの!それエンジュの!」
「うなーぉ」
「あー…余りの入れてやるから待ってな」
「ふっへへへ、へんがおー」
「みゃあ」
 分け前もくれない人間よりくれそうな人間に付いていく現金なニャース達から小さな一匹を捕まえて、頬をふにゃふにゃと遊び回すエンジュは、結局その捕まえた一匹に自分のマグカップからミルクを分けていた。あれだけ執着していたのはなんだったのか、と拍子抜けでもあるが、その小さなニャースが大体喧嘩に負ける弱い個体で、つまりこのまま余ったミルクにありつける可能性は低かっただろう。この幼女はそういう所は目敏かった。普段ちゃらんぽらんな割に。
 専用の皿に目分量で等分し、床に置いておけば後はニャース達が各々勝手に集り出す。床に飛び散るような喧嘩もなく、案外大人しく舐めているのが賢くて良い。単純にニャース舌で油断出来ないのもあるだろうが。
「くちなし、へんがお」
「そんな瞼おっぴろげてたら戻らなくなるかもなぁ」
「カントーのとかわんなくなっちゃう?」
「なっちゃうかもよ」
 半眼じみた瞼を無理やりこじ開けたエンジュの手が、何すんだこの野郎とばかりに齧られ始めたが、当の本人はミルクを舐め始めて気にもしていない。










「なんだかなぁ、あたしには分不相応な気がするよ」
 キラキラ光るプラチナの指輪は、憎ったらしいくらいに綺麗に輝いている。いつの間に調べたのか、指のサイズまでピッタリときたもんだから、突き返す口実すら与えられていない。
「首輪じゃないだけロマンチックだろ」
「あんたがロマンを大切にするとか、明日空から何が降ってくるやらね」
「うるせぇ。受け取ったんなら文句言いなさんな」
「新手の当たり屋みたいだなぁ」
 とんでもなく嬉しいからつい憎まれ口を叩いてしまう。
「でも、鎖に通して首に掛けようかな」
「…指輪なのに」
「いきなり付けたら、ハンサムがうるさそうだからね」
「なら、この後籍入れに行くか」
「…………んー、阿呆になるから今の仕事一段落してからな」





















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