平和に行きましょう。
幼女さん
色鮮やかな夕日色の、四方八方に跳ねたふわふわの猫っ毛。いくら櫛を通しても艶と触り心地が良くなるだけで、真っ直ぐになる兆しなんてありはしない。
「前列は、ありません。投薬治療なんて、そんなものを超えている…元に戻る保証がそもそもないのです」
茫然とした医者の顔は疲労感が強く、隈が濃い。それはこちらも似たような顔に違いない。自分の持つ技術、知識、何もかもが及ばない理解できない出来事が真っ向から上回り、絶望感に呑み込まれかけている顔だ。
病院の簡素なベッドに沈んでいるのは、5歳くらいの小さな幼児だった。頬や手に小さな絆創膏やガーゼが貼られているが、特別大きな怪我はなく、ただ暴れ疲れたせいでぐっすりと眠っているだけだろう。その頬を舐めるのは、枕元のボールから飛び出てから入ろうともしないウインディで目覚めない主人相手を健気に待ち続けている。広く余った足元に頭を凭れさせてピクリとも動かないバクフーンは、時折疲れたように首元の火を燻らせるだけで鳴きもしない。
「…体は、至って健康です。落下時の擦り傷や軽い打撲傷があるだけで、それだけなら何も問題はない。ですが…彼女の場合は、神経毒とは違う全く異なる影響を受けている。正直な所、現状このまま成長するのか、体内の時間が止まったままなのかも分からない」
「あんた、やっぱり馬鹿だな」
あっけらかんと女は言い放つ。あの瞬きしない恐ろしいくらいに真っ直ぐな目が、揺れる隙もなくクチナシを苛んだ。
「アタシが勝手に決めて、勝手にドジしたんだ…って言ったら流石に悪いけどね、それでも全部背負う必要は無かっただろう。確かにガキになってたあっぱらぱーに責任感も無いけど、アタシゃこれでも顔は広いんだ、いくらでも世話焼いてくれる奴も原因突き止めて色んな治療法見つけてくれる奴だっていた。あんたがアタシをわざわざ連れていく理由なんざなかったろうに、どうして自分から貧乏くじ引いたのさ」
「……今度こそ、守らないとなって思ったんだよ。まさか身近にいた奴が大馬鹿野郎ってことも見抜けずにみすみすFALLにさせた結果、またお前まで死ぬ羽目になったらと思うと、このまま組織から抜けて出ていった方が良かった。…あの時なら混乱で有耶無耶にして連れ出すタイミングも良かったしな」
「わざわざ馬鹿みたいにわかりやすい嘘ついて、なんだい姪っ子って。アタシの世話、楽しかったの?」
「結構な」
「悪趣味」
ニィ、と口端を吊り上げるような笑い方は幼少期と、そして十年前から変わりはしない。目は相変わらず見開かれて、仮にも女がするような顔ではなかったが、その内ふにゃりと柔らかく解れる。
「感謝してるよ、ありがとう」
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