平和に行きましょう。

そのよん


「…あっれ、兎山じゃん。え、マジで?めっちゃあっさり見つかってんじゃん」
 潜んでいた沙良へ無遠慮に声を掛けてきたのは、山奥の旅館では出会わなかったクラスメイトの土井だった。普段の快活さを失わない様子で、けれど沙良の姿に困惑したように狼狽えている。
 ふ、と赤彦が隠れる物陰に視線をやりかけたが寸で止まる。鉄バットを握り締める音を僅かに聞き、敢えて振り返った。
「あ、と…土井くん」
「うん…って、じゃなくてマジでどこ行ってたんだよ!クラスメイト半分消えてるし、滝川もいないし、多々…」
「ちょっ、滝川先生いないの?」
「え、いないけど…。朝起きたら消えてる奴らの荷物も一緒に消えてて、皆心配してたんだよな」
 はてな、と首を傾げる土井の様子は特別大きな嘘を吐いているようには見えない。考えあぐねていると、沙良の腕はしっかりと掴まれていた。
「なあ、多々良に話しに行こう。あの人なら話聞いてくれるって」
「え、」
「先生が村の人にも協力してもらって、兎山たち探してもらってんだよ。な、そしたら他の奴らも見つかるだろ?」
 ここに至り、ようやく認識の齟齬があることを理解した。軟禁という意味ではここもそう変わらない状況だろうが、少なくとも多々良共々何の情報も知らされていないに違いない。あねやという旅館やそこで行われた所業など、何一つ知らないのだろう。
「ーーどうした、土井。何かあったのか?」
 水場側の階段からゆっくりと現れたのは、多々良純一その人だった。訝しげな視線が、沙良と交わった瞬間驚きに見開かれる。土井が振り返り声を上げかけた時には、恐ろしい勢いで向かってきていた。
「あ、多々良先生、兎山が…」
「一体お前はどこに行ってたんだ!いきなり生徒の半分もいなくなって、心配したんだからな!」
 痛いくらいに肩を掴まれ、詰め寄られる。普段の穏やかな雰囲気はなりを潜め、その身に危険は無かったのかと、ただただ純粋に心配しているような様子に沙良はその場にへたり込みそうになった。
「違う、朝、朝に起きたらここみたいな、変な旅館にいて、誘拐みたいで、えっと。その、いきなり堀川さんが男の人に殴られて連れ去られて、それでその、真っ赤な気持ち悪い箱があって、こ、怖くなって赤彦達と一緒に、出てきて、それで、えっと、他の皆もいたけど、ずっと起きなくて、それで」

 置いてきた。

 これまで状況整理もままならなかった中で、気付いてしまった事実に血の気が失せる。
 目の前で殴り倒されたクラスメイトも、眠り続ける同室の友人も、全員見捨ててこの場にいるのだ。赤彦と十影は何も言わなかったが、元来の性格の元、沙良だけはそれを最後まで許容出来なかった。
「土井、今は少し部屋に戻っていてくれ。他言無用だ、言い触らさないように」
「え…あ、了解っす」
 倒れ込むようにして項垂れる沙良とそれを支える多々良の姿に、確かにまともに会話出来る状況でないと納得をした土井は些か慌てた様子で多々良が現れた水場側の階段へと去っていった。板が軋む音が確実に遠ざかるのを聞きながら、沙良は赤彦に伝えられた唯一の懸念についてぼんやりと考えていた。
「兎山」
 故に名前を呼ばれた瞬間に顔を上げ
「本当に、残念」
 そう呟く羽目になった沙良は、襟首を掴まれ背後へと力任せに引き摺られた。そのか細い首へと回る筈だった多々良の右腕は空振ったが、代わりに入れ替わるように現れた赤彦の襟口に近い部分を鷲掴む。対して赤彦の手にある鉄バットが、いつでも振り下ろせる状態のまま多々良の脳天を眺めている。
「…マジでアンタも一枚噛んでたのか」
「いくらなんでも鉄バットは危ないぞ、鉄バットは」
 

「やんちゃな生徒が多くて困るなあ」
「え?」
 気配もなく、殺意もなく、ただ鋭い衣擦れの音がした瞬間に。
 膠着状態だった筈の距離を一息もなく詰められる。
 首が絞まる感覚と同時に赤彦の身体が易々と宙に浮く。
 そこにあった硝子戸を突き破りながら、吸い込まれるように中庭の池へ叩き込まれるその様子を、沙良は倒れ込んだまま良く出来た芝居を見ているように眺める他なかった。
 大柄な青年に見合うそれ相応の重量を飲み込んだ池は派手な水柱を上げる。叩き込まれ、ほんの一瞬でずぶ濡れとなった赤彦はまとわりつく服により池の中でもがいていたが、多々良は濡れた顔面を簡単に拭うだけで表情は随分と涼しい。
「確かに特別鍛えちゃいないが、僕だって伊達に長生きしてる訳でもないんだ。あんまり舐められても困るなあ」


































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