平和に行きましょう。
最期
「よくもやってくれたな」
突如聞こえたその声は、脇道の側からだった。普段なら耳通りの良い柔らかい声だと思えただろうが、この状況下、そしてそこに含められた意味を咀嚼すればそれは呪詛にも等しかった。
「お前達みたいなガキ四人が、まさかアレの封印を叩き壊せるなんてなぁ。無茶を通してでも、殺してでも連れ戻すべきだった」
赤彦らの進行方向へ向き、塀に身体を凭れさせながら煙草を吸う多々良姿はいっそ余裕すら感じさせた。
「…アンタまだ生きてたのか」
悪態と共にカンテラの光に照らされその全貌を見せた瞬間、赤彦はたじろいだ。全身が、特に左半身が完全に赤く染まっている。薄皮でギリギリ繋ぎ止められた左腕は最早神経ではなく重力に従って揺れ、投げ出された左膝から下は、あの触肢から逃げる際に力尽くでねじ切ったのか、あるいはねじ切られたのか赤黒い乱暴な傷口を晒している。
最早死に損ないに等しい多々良を見て唯一声を上げたのは沙良だ。隣にいた十影すら聞き逃しそうになる小さな声で「先生」と呟いた。
「お前達の落とし子は消滅、巫女とその妹も無事。…もうこの村に用は無かろう。とっとと失せろ」
学校では聞く事のなかった口調は、素というより投げ槍のようにも聞こえた。
ツァトゥグァとの約定の残滓たるあの悍ましい存在を抑える為の手段と道具が小枝、あるいは巫女の存在だったのだから、その枷が失われてはこの村には捕食場になる道しか残されていなった。多々良とて一度逃げ出せれたのは単なる運でしかない。それですら左半身を失ってはじわじわと死ぬか、また見つけられて今度こそ喰われるかの二択だ。
赤彦らも、あの悍ましい存在の楔を抜くことによる結果を想像しなかった訳ではない。けれど同じ人の形をした生き物の成れの果てがこうして目の前で惨たらしく死ぬのは、納得はしていても自分達の精神へと深く爪を立てていく。
「…十影、手離して」
「沙良?」
十影と握り合っていた沙良の手が離れた。苗が止めようとするが、歩けない姉を背負う為に立ちはだかる壁には成り得ない。赤彦の隣をすり抜け、煙草を燻らす多々良へ近付く。
「先生」
「君はまだこの後に及んで」
沙良の振りかぶった平手が、多々良の頬を打った。非力なそれは乾いた音を鳴らしただけで、むしろ打った手の方が赤く染まっている。けれど笑う多々良を黙らせるだけの気迫はあった。
「…馬鹿だなぁ、何で今泣くんだ」
「そこまで言うなら足掻けよ。死ぬまで、一生、苦しみ抜いて生きろ」
右拳が、その非力で細い腕からは想像も出来ないバネと速度で空気を裂く。小さな拳が無防備な多々良の頬を、それはもう見事に捉えた。
「いっ…」
「うわ…」
「…………」
「…………」
思わず赤彦と十影は呻き、小枝と苗は身体を震わせる。けれど悲鳴を代弁された当人はそれどころではないらしく、口から血を流しながら恨みがましい視線で沙良を見上げていた。
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