平和に行きましょう。
くろす
ジャックが隊長を任された部隊には変な吸血鬼がいる。蘇生技術に何か欠陥でもあったのではないのかと揶揄されるその吸血鬼は、左目の縫合跡さえ目を瞑れば可愛らしい少女の姿をしている。戦闘能力だって一通りの訓練を受ければ頭1つ抜きん出た才能を開花させた。ジャックと任務を組む時だって、
「たいちょー、しるばよんでるよー」
「あぁ、今行く」
セトにとってこのヘルサレムズロットと呼ばれる街もヴェインとさほど変わらない場所だ。大崩落と呼ばれる現象があったし、赤くないし痛くもない深い霧に囲まれている。死ぬのが日常茶飯事なのも一緒。でも人間が沢山いて、人間じゃないのも沢山いる。
堕鬼のような見た目でも話が通じる奴らは異界人というらしい。しかし中にはセトを襲おうとする奴らもいるので、結局堕鬼と変わらない気がする。
ヘルサレムズロットという場所に来ても、結局似たような教会の廃墟を見つけて拠点にして、死なない程度に動いて生きていくのは変わらなかった。傍にジャックがいればそれで良いセトは、人間に紛れながら時々血を頂き、追い剥ぎをしている。ジャックもそこに積極的な情報収集が加わったくらいで似たような生活だ。
「ねぇねぇ」
「あぁ、お前も気付いたか」
拠点のソファーで伸びていたセトとスツールに腰掛けていたジャックはそれぞれ見もせず武器を手に取った。数ヶ月、あまり長くもないが短くもない滞在時間で妙な視線に晒されていたのはお互い自覚していた。
「尾行されていたらしいな…覗き見とは趣味が悪い。お引き取り願おうか」
「たいちょー、おおかみのにおいがするよ」
「丁度いい。隠れんぼ好きの狼を見つけてやれ」
「りょーかーい」
軽く起き上がったセトは鼻をひくつかせた。
「もーぅいーかぁーい?」
「あはははぁ!すごぉい!こんなにんげん、はじめてみた!」
そもそも吸血鬼と渡り合える程強い人間は初めてだ。そんなものがいれば吸血鬼は大量に生まれず、セトやジャックが目を覚ますこともなく静かに墓の下にいたことだろう。
浅黒い肌の人間と傷のある人間の猛攻を辛うじて防ぎながら、セトは久しぶりに気分が沸き立つのを感じた。肉が焼かれ、凍らされ、足元が覚束ずにそれでも心臓だけは死守し戦い続ける。まるでクイーン戦の再開だ。
大槌を回転させ、冥血を使用。不穏な音を通してて雷を帯びた大槌を、足元の床へ思い切り叩きつけた。
氷と炎。溶けて出来上がった水は室内全てを濡らしている。
「俺ごと構わん、全力でやれ」
「あいあいさー」
「不味い!全員待避──」
人間ってこんなタフだったっけ。セトの頭の中はそればかりだ。
「オーラはなんていうか、青?すごい原色っぽい青で…少なくとも血界の眷属みたいな色じゃないです。諱もないし…」
「セトはねー、あれだけしてもーまだいきてるほうがーふしぎー」
美しい刻印のされた眼球を覗き込むセトを見、ジャックは溜息をついた。セトの雷撃に特化した冥血を喰らい、回復したとはいえ身体の痺れはまだ残る。襲撃してきた向こうも、約1名まともに喰らったせいか未だに立てていない。だがそのお陰で劣勢だったジャックとセトは話し合いまで持ち込めた。
「レヴナント?」
「BOR細胞を心臓に埋め込んで蘇生された元人間だ。お前達のいう血界の眷属とは全く別物だろう」
「…どうやらそうみたいだな。こっちにもクイーンなんて存在はないし、吸血鬼は吸血鬼でも全く違う生き物だ」
「それに俺たちは人間の血を飲まないと飢えて堕鬼になる。何も人間を殺す訳じゃない。少し吸えば十分だ」
「ここ最近多発していた吸血事件は君らか」
傷の男の言葉に眉根を顰める。確かに飢えるが、そもそも大して大怪我もせず血を失うこともない現状、週に一度か二度吸う程度で賄えている。事件として騒がれるような派手な真似もしていないはずだが。
「…確かに人間から血を吸うが、対価は払っている」
「どういうことだ?」
「ホームレスに金を恵む代わりに血を分けてもらっている。少なくとも週に一度は吸えば足りる。戦争をしている訳でもないからな」
セトはジャックがいれば住処も仕事も頓着しない。初めて目を覚ました時、己が誰なのかも分からなかったセトに名を与え、役目も与えた吸血鬼の親のような男だからだ。
だからジャックがそうしようと言えば、つい1時間前までお互い殺す気で戦っていた相手とお友達になるのも、やぶさかでない。もちろんセトだって嫌な事は嫌だというが、今回のことはそうでもなかったので頷いた。
人間らしい食事は、必須ではないがあるとかなり嬉しい。血液はライブラから輸血パックを融通してもらえることになった。組織に所属して働く以上給金も出ると聞いて、セトは「わお、りちぎ」と声を上げた。
「おーばんぶるまい」
「首輪を着けたつもりなんだろう。血液の安定した供給がない限り俺たちは常に堕鬼化に怯える羽目になるからな」
「そこはどうか好意的に捉えてほしいね。うちの構成員になったからには必需品は揃えるさ。勿論要請があれば働いてもらうから持ちつ持たれつだろう?」
傷の男…スターフェイズは胡散臭いのであまり好きではないが、言っていることはきちんと分かる。ジャックは少なくとも吸血鬼の弱点や全てを語っていないし、向こうもそのくらい見通しているだろう。ライブラが、というよりスターフェイズがセトとジャックを殺そうとしない限りは、セト達から行動を起こすことはない。
「君たちの目的は元の世界に戻ること。こちらもその手伝いとして情報や手がかりになりそうな人物は積極的に紹介しよう。その代わり君たちはその間ライブラとして世界の均衡を保つ仕事をしてもらう。暴動がBGMみたいな街だから生死の保証はしかねるが」
「死人に生死の保証などいらん。それに元の世界とここも対して変わらんからな」
「むしろここのほうがいいよー」
「セト、お前は黙ってろ」
「さーいえっさー」
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