平和に行きましょう。
そのよん
左右で色の異なる目がまん丸と開く。左顔面を縦断する縫合痕は痛々しいが、それを除けば普通に可愛い女の子であるはずだ。
少なくとも、レオナルドの義眼で念入りに見ても血界の眷属の特徴である赫き羽どころか赤色の欠片も見当たらない。諱も至近距離であるのにさっぱりだった。唯一不可解なのは複数人のオーラが見えることだが、とりあえずこの何事か分かっていなさそうな女の子は血界の眷属ではない。そもそも鏡で髪を整えているのをさっき見た。
「可能性ゼロです。この子、血界の眷属じゃないです」
「やっぱりか」
「やっぱりって…分かってたなら良いじゃないですかぁ」
「念には念を、だ。どのみちその子は吸血事件の現行犯。警察に引き渡す必要がある」
嘆息したスティーブンの後ろでクラウスはおろおろしている。情状酌量を訴えたい様子はひしひしと伝わるが、事件が事件だけに迂闊に扱えないのも理解できるだけにジレンマの胃痛が凄まじいのだろう。
分かっているだけで15件の傷害事件。全て被害者は人間で、共通して生きたまま「食べられて」いた。ライブラにも資料が寄越され捜索していた所、気絶した人間に齧り付いていたのがこの少女だった。
セトはゆっくりと暮らしたいだけだ。
ヘルサレムズロットは少なくとも、セトにとってはとても良い街だ。探さなくても向こうから血を吸わせてくれる人間が来るし、堕鬼もいない。場所と流儀さえ心得ておけば無駄な血を流す争いもなく、セトはジャックと共に穏やかに暮らすことができる。時々それは退屈だが、少なくとも使命だ仕事だと自ら縛られていた節のあったジャックが、ゆっくりとソファーでくつろぐ姿を見ているだけでセトは幸せになれる。
「セトはねー、ジャックといるだけで幸せだよ」
1歩も歩けない程厳重に拘束されたが口だけは免れた。だから近くにいる気の弱そうな少年に、暇つぶしと抵抗を兼ねてセトは話した。
「ジャックはセトに名前と役目をくれたんだぁ。一緒に人間の為に戦って、上手くやった時はたくさん褒めてくれたし、おいしーものとかもいっしょに食べたり」
部隊に組み込まれ、バディとして選ばれた時セトは嬉しかったのだ。名前をくれた怖そうだけど優しい人とまた会えた喜びと、その人と一緒に戦える誇らしさ。過去も人間性もないセトに、全てを与えてくれた大切な人だった。
「おにーさん、大切な人いるー?セトはね、ジャックたいちょーがすんごく好き。あの人の為なら、本当に何でもできちゃったくらい大好きなの。たいちょーが、武器も持たずに朝起きて、ゆっくりソファーでおじーちゃんみたいにため息ついてる所みるのがものすごく幸せ」
この世の全てを善悪の二極化に出来ればいいのに、思っても都合良く事は運ばない。
結局セトは食人事件の犯人ではなく、関係者でも何でもなかった。吸血鬼を自称する通り血を求め、ホームレス相手に金を与える代わりに血を吸う共存関係を結んでいたに過ぎない。厳密に言えば法で裁くべきかもしれないが、彼女の言葉が正しければ死体が蘇った存在だ。死人に口なし、とライブラの意見が一致したのは当然ともいえた。
隊長と呼ばれた傷のある男はセトを取り戻した後、こちらに接触することなく霧に紛れて消えた。無頼漢のような見た目に反し、軸のぶれない姿勢や目的意識、セト奪還の手際はプロそのものだ。
prev
Back to main nobel