平和に行きましょう。
不幸
「誰も悪くなかったっていうのが、きっとおじさんにとっての不幸だったんだよ。おじさんが本当に悪かったなら本気で後悔できたし、苦しむことができたのに」
頬に触れる髪の匂いや背中に回る腕の温かさはどうしようもないくらい本物で心地よくて、ソウには悪いけれどハイヤはあんまりその言葉の中身を聞かずに声のトーンだけが耳に滑り込むのを感じていた。
「でももう自分を許してあげてもいいんじゃないのかな。ヒヤシンスから生まれたあなただって何もずっとその名前に縛られなくてもいいんだよ、ハイヤ」
「……名前の由来、教えた覚えはねぇぞ…」
「ハイヤ・シンセって聞いたらそうなのかなって。ね、きっとおじさんのお父さんもお母さんも、許してくださいなんて悲しい意味で付けたんじゃないよ」
弱々しいのに一際強く抱き締められて、何故だか一瞬とっくに枯れ果てたと思っていた目の奥が熱くなった。
「死んだ人は恨まないし憎まない。それに生きている人が何をしようと喜びもしないんだ。だってもうこの世のどこにもいないんだもの」
魔法使いの死者の概念が酷く独特なのは、ソウと話していて分かったことの一つだった。
幽霊だとか死後の世界だとか、そんな概念があまり無いらしい。少なくとも彼らにとって死んだ人間の魂は既に霧散して存在し得ない概念で、親しい誰かのそばに居るとか思い出のあの場所にずっといるとか子孫を見守っているとか、そういう心温まる話について「そんなわけないじゃん」と冷めた顔で返答するくらい馴染みがない。
死んだらそれまで。怨霊だったり幽霊だったり人を害なすこともなけれぱ助けることもないし、何かを伝えることも無い。魔法使いなんてハイヤからすれば存在まるごとファンタジーなくせに、時々こちらが慄くくらいドライで現実的な観点を持っている。世界が平和だったら、魔法使いとオカルト研究者を対話させたら最高に面白かっただろうに。
「死体を見つけて可哀想だから埋めてあげよう、っていうのは分かるよ?流石に野ざらしとかあれだしー。でも天国にいけるといいね、とか地獄におちろ!とかはわかんない。死んでまだ続きあるって考えてるの超怖い」
「魔法使いに宗教とかなかったのかよ……」
「あるけどー…別に自分たちの死んだ後の心配する為のものじゃなかったんだよー。おじさんがたまにする神頼み?そういうのに似てたかなぁ」
「なんで世界で1番ファンタジーな存在がファンタジー信じてないんだよ。じゃあお前みたいな魔法使いからすれば、俺たちの宗教はバカみたいだったのか?俺から見てもどんだけ神様いるんだよって思うけど」
「ソウは全然良いと思うよ!神様めちゃくちゃいて何この世界大喧嘩してるじゃんって思ってたけど、結局世界が滅んだのは神様の喧嘩じゃなくて人間の喧嘩だし!」
「やめろよ悲しくなるだろ」
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