平和に行きましょう。
ゆすらぎの1日
ゆすらぎの周囲
■出版会社の人達
蘭の評価
「あー、あの人強面ですよね。体ごついし」
「なんか昔仕事で鍛えてたんですっけ。何だっけ、海外の治安悪い所で通訳とかしてたって」
「担当作家から確実に原稿巻き上げるから、あだ名が取り立て屋」
「悪い人じゃないけど普通に無口で怖い」
「仕事はきっちりこなすけど時々チラ見する傷跡が不穏」
山桜桃の評価
「脱走犯」
「原稿はちゃんとやってるけど無断でどっか消えて超焦る」
「あの人がサイン会やると高確率で大きなお友達がやってくるんですけど、蘭さんが常に背後にいるから大事にならないんですよね」
「先生の家に行った他の編集者たちが皆錯乱して帰ってくるから魔境って呼ばれてる。そんで普通に行き来してる蘭さんは魔王って呼ばれてる」
愛情というのは、相手を想ってその人の為に何かをしてやりたい、自分が与えられるものを望む形にして与えてやりたいという誠実で優しいものの筈だ。
少なくとも蘭は、世間一般でいう愛情について、そう捉えている。
不健康な食事をしているのであれば、自分の手で美味しい食事を作って胃と心を満たしてやりたい。困っていることがあるにであれば、相談に乗って手が出せる範囲で大いに力を貸してやりたい。そこに情欲がプラスされることもあることだろう。身も心も相手と繋がって満足を得たい気持ちそのものは健全だ。3大欲求でもある。
であれば、蘭が持つ「これ」は果たして愛情と呼べるのか。
三ヶ月経てば、人間の細胞は全て入れ替わるらしい。
そして三ヶ月間その人の食事を全て自分で用意してやれば、その人の体は全て自分が作ったもので構成されるのでは?という話を聞いて、蘭はなるほどと納得した。
あの人の体全てが自分の用意したもので構成される。
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