平和に行きましょう。
オラついた加州
「オーラオラオラオラァ!!!」
鋭い金属音が辺りに木霊する。細い体躯のどこからそんな胆力が出るのか、恐ろしく重たい斬撃が高練度である筈の長谷部を押していく。
「また、か」
「アイツら、よう飽きんぜよ」
蜻蛉切の言葉に反応したのは陸奥守だ。沙の初期刀として最も長く仕えてきた彼は、現在は前田にその席を譲っているものの、近侍の役割として今でもその仕事を肩代わりしていることが多い。現に、今とて資材管理の帳簿と鉛筆を片手に、縁側で視線を釘付けにしている。蜻蛉切や背後の手合いには一瞥すら送っていない。
20××年 ××月××日 AM××:××
某時代某所にて対象を発見、即刻保護
肉親及び血族の痕跡は零。既に「修正」された模様
奇跡的に免れた原因の究明に努める他、霊力を確認。政府へ護送されたし
年の頃は、十を越すか越さないか。垂れた黒髪は艶やかではあるが、青白く染まった肌色は目に見えて不健康だった。突如、訳も分からず連れて来られた。あちこちから家族の名前が囁き声に聞こえるが、様子からして決して良いものではないと直感せざるを得ない。でも、と淡い期待がもたげるが、すぐに膨らんでは萎んでいく。
「…あまりに…低霊力……これでは使役の度…」
「元々の器が脆……」
「…血族は修正された……替えは利かな…」
与えられた飲み物はそれらの言葉を無視するにはあまりにも役立たずだ。誰かの悪意すらないただの事実は、奇妙な実感を持って自分のことだと自覚していた。耳も塞がず、茫然と用意された椅子に座り続ける姿はいっそ人形然としている。時折聞こえる「遡行軍」「修正」という言葉から、辛うじて大変な事態になっていることだけは把握していた。そして、その渦中に自分がいることも。
「兎山沙良」
その時顔を上げたのは、何となく聞き覚えのある声で、自分の名前を呼ばれたからだった。数時間ぷりにまともに顔を上げた先にいたのは鮮やかなミノムシ──もとい、被衣を被った和装姿の人間である。
それが昔の女性の外出着だと、和装をこよなく愛した知識人の祖母が教えたからこそ被衣は知っていたが、実際に目の当たりにすると何とも形容し難い奇妙さを感じた。その後ろにはまた鮮やかな橙の着物を着た奇妙な男性がいたが、興味深げに見やるだけで控えている。
「お前も駄目だったね」
「…お姉さんだれ?」
「さにわ」
「なんでわたしの名前知ってるの」
「書類に書いてあった」
さにわ、と名乗る被衣の女性は、断りもなく沙良の隣へ座った。
「そっちのお兄ちゃんは?」
「ん?あー…私の刀」
「おんしゃ、わしんこと…」
「お前は今は喋るなって言ったでしょ」
「話しちゃだめなの?」
「今はね。…そんなことより、お前のこと話してよ。塞ぎ込んでかわいそうに」
「え?…んーとね」
何やら気難しい人物だが、妙に親しげな態度で熱心に沙良の相手をする姿に安心したのだろう。固かった口は、先ほどからの不安や周囲の言葉、そして徐々に家族や日常を軽やかに語っていく。話せない男性はともかく、女性は時折相槌を打ちながら、心底楽しそうに沙良の話を聞いている様子だった。
しかし、暫くすると女性は天井を見上げた。つられて見上げるが、そこには無機質な灯りと天井が広がるだけで、特に何も無い。
「……。そろそろ終わりか。貴重な時間と話をありがとう」
「行っちゃうの?また会える?」
「この時間なら多分会えるよ。あ、忘れてた」
きゅ、とほんの一瞬だけ乳香の柔い香りに包まれた。女性に抱き締められるなど、母親か祖母以外では始めてで、一瞬だけ緊張に固まる。
「陸奥守吉行を選べ、絶対に」
耳元を掠めたその一言は、それまでの言葉とは圧倒的に何かが違った。人の脳裏へ直接叩き付けるような、それだけは忘れさせない強制力を持って耳へ滑り込んだ。
「ばいばい、沙良」
被衣の中から覗いた口元が弧を描いた瞬間、沙良の意識も暗転した。
「目覚めたぞ!!医療班を呼べ!」
「安定次第、本丸に移さねば…」
慌ただしい周囲に、沙良は“また”妙なことになっていることに気付いた。無機質な部屋には、大人が数人いる。しかし例の被衣の女性はいなかった。
「審神者殿、目覚められましたか」
「…さにわ?」
「えぇ、貴女のことです。この世界の歴史の守り人、付喪神を使役する紡ぎ人、それが審神者」
制服を着た男の言葉に生返事をしながら、沙良は改めて周囲を認識した。家族が歴史修正主義者と遡行軍により「修正」されたこと、己の拠り所が無くなったこと、そんな話がされていた。
「つまり貴女は審神者として──」
「歴史修正主義者を潰せばいいの?」
「えぇ」
子どもの発言に、男はそのまま頷いた。
「五振りの内、一振りはこちらが用意させていただきます。落ち着き次第、先生の所で勉強し、経験を積んでいきましょう」
「うん」
あの女性と、また会えればいいなあ。
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