平和に行きましょう。

ダメな子


 元々が刀だからなのかは知らないが、刀剣男士は大概距離感というものを知らない気がする。
 朝起きると、障子の向こう側の縁側に長谷部の影があるのは当たり前。おはよう、と一声掛ければ、それが合図なのか無駄に爽やかな声で「おはようございます、主。入室の許可を頂けますか?」と聞いてくる。許可したら着替え1式や入り用の物を持って入室してくるし、拒否すれば許可するまで待っている。
 何故こいつが着替えを持っているかというと、これには情けないが訳がある。私服の洋服ならまだしも、晴れ着や仕事着として使う和服の保管や洗濯は現代っ子の沙には就任当初かなり荷が重かった。袴に虫食いを作った日には、歌仙や江雪から典型的な「ダメな子」を見る目で和服の尽くの保管権利を奪われていったのだ。
 今でこそ長谷部の手を借りながらも、慣れた手つきで着付けをするが、最初は指も縺れるわ紐も崩れるわで散々だった。現代的で自由な生活様式をこよなく愛する今時っ子は、しかし歌仙の愛の鞭で成長していた。
 かつてはメロスばりの憤怒に駆られたものだが、時間と技術は偉大である。小さな審神者の小さな反逆が容易くあしらわれたのもあるが。
 さて、と。支度が終われば沙の腹が鳴る。怪鳥が鳴くが如く奇怪な音だが、音が小さいのが幸いだろう。そうなると行動が早いのが長谷部という男で、着替えの隙にテキパキと整えられた私室の中央には既にちゃぶ台と朝食がそれぞれ鍋ごと用意されている。勝手知ったる部屋の片付けは、最早この男がこの部屋を掌握してると言っても過言ではない。
「さぁ主、朝餉をきちんとお摂り下さい」
「んー」
 いや、お櫃やお鍋ごと用意された所で食べ切れるはずも無いのだが。長谷部の過ぎた真心は留まるところを知らないらしく、減ったそばからおかわりを用意しようとしてくる。それでも箸を進める手が止まらないのは、ただ単純にお腹が空いているのと、厨番特製ご飯が美味しいからだ。
 特に大好きなとっておきは、柚と七味に漬け込んだ漬けダレ付きの明太子を、溶き卵と一緒に混ぜ込んでネギを添える魔性のTKG。ちなみに考案者は隣にいる長谷部である。
 そうして下品にならない程度に食事を頬張る沙と、それを心底微笑ましげにしゃもじとお玉両手に見守る長谷部のいる審神者の書斎に、縁側からのっそりと覗き込む影がやってきた。
「あ、飯だ」
「御手杵、まずは主に挨拶申し上げろ!」
「うん、すまん。おはよう」
「おはよ」
 鳥の巣のような立派な寝癖を付けた御手杵は、どうにも眠気眼のまま半分覚醒した状態で歩き回っていたらしい。犬のように鼻をひくつかせて、沙の好物である甘味噌の味噌汁とだし巻き玉子を見付けた途端に、沙の怪鳥の比ではない腹の音が断末魔を上げた。
「ご飯いる?」
「いいのか?」
「うん」
「おい待て、お前の分は食堂にあるだろう。主の分にまで手を出すな」
「でも長谷部、私食べきれん」
 じっと見れば、うっと詰まる。
「……………………。残すことは許さんぞ」
「おう」
 ちょろい。
 と思ったのは沙だけではないだろう。盆にあったラップで両手の平に合った特大お握りを早速作り始めた御手杵を見て、また沙も箸を動かした。歌仙特製の甘味噌が今日も美味い。
 玉子を攫おうとした指を阻止するとケチ、と言われた。


 朝食が終われば長谷部が食器を下げて、残る沙が審神者の仕事をし始めるが、今日は御手杵が傍に残った。
「なぁ、あんたはどっか歩かないのか?」
「んー。御手杵は歩く?」
「そりゃあな」
「そっかー」
 相槌を打ちながら、私室の奥にある書斎に鎮座する仕事用の端末を見る。
 日課の出陣はあるが、文字通り日課となる程こなしているので、別段手柄を焦ることはない。
 遠征は昨日から三部隊を行かせているので、むしろ行かせられない。演練も同述。
 書類仕事もなくはないが、そもそも出陣をストップさせれば、動く金子も資材も何も無い。食料など、嗜好品以外自給自足である。
「そっかー」
 カシャカシャカシャッチーン!と算用が終わる頃には、沙の足は縁側に向いていた。子どもはサボタージュの誘惑に弱い。物凄く弱いのだ。
「万屋に行こうかなー。奈ちゃんと電話しようかなー」
「奈って、よく来る?」
「うん」
「他に友だちいないのか」
「どつくぞ貴様」
 振り向きざまに勢いを伴った蹴りは、鋭い風切り音に反してさしたる反動もなく当たっただけで終わった。さすが刀剣男士、壁のような筋肉である。大の大人でも弁慶の泣き所に当たれば、結構ぐらつくのだが。
「危ねぇなー、転んだら危ないだろ」
 どっちが、とは言葉もない。


「今ってさ、外の世界でも春らしいね」
















沙ちゃん
本名は沙良さん。奈ちゃんとは本名で呼び合う仲
14歳位だが、審神者をしてから成長しにくいので年齢不詳。妙に世話をされやすく、見た目も短刀と変わらないせいでほぼ全員から甘やかされている。ある意味で信頼を勝ち取っている












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