平和に行きましょう。

見世物


「どいつもこいつも、曲芸じみた見世物、好きだよなァ」
「まぁ、野次馬精神って言うし」
 ちぅ、とストローでオレンジジュースを啜り上げながら、沙は隣に立つ同田貫へ相槌を打った。2人の目の前では、テレビやマンガの中でしか見たことがない人だかりと警官、刑事が慌ただしく動いている。
 とある用事で現世に帰還したはいいが、ほんの数時間程度でこの騒ぎ。本丸では味わわない空気は、太郎太刀ではなくとも「あぁ、俗世だなぁ」と辟易とさせるものがあった。そも、あそこが人間的に清廉潔白とし過ぎているのだろうが。
「蜻蛉はまだ時間かかるんだろうなぁ」

 現世に帰還した際、政府から警護役の刀剣男士が社会で使える戸籍や必要書類やらを揃えるということで、「門」を抜けたすぐに同田貫と蜻蛉切の両名は、政府関係者の案内についていった。沙は、それらが終わるまで暇なので、他の職員に案内され施設外だが近くのカフェでお茶をすることになった。ちょっと大人な雰囲気の店内で、好きなものを食べていいよ、と子どもとも審神者という政府内でも重要人物とされる相手を気遣いながらメニューを差し出されたので、近頃めっきり縁のなかったピーチパフェを遠慮なく頼んでおいた。こういうのは下手に辞退するより、ある程度自由にしておいた方が良いと知っている。大人の微笑ましい視線にはにかんだ。
 そうしてパフェやジュースを楽しみながら時々大人しかいない店内で珍しそうな視線をもらい待っていると、戦装束から現世らしい服に着替えた同田貫が疲れたような顔で戻ってきた。
「くっそ面倒くせェんだな、現世って」
「あぁ、うん…お疲れさま」
 警護役の人(刃)選は適当だが、当本丸で世話役を自負する蜻蛉切はともかく、戦と鍛錬くらいしか興味の無い同田貫が数いる刀剣男士を退けて立候補したのは、沙や政府関係者からすればかなり意外だった。しかし案の定、というべき反応だ。シンプルな黒いシャツにややゆったりとしたジーンズだが、鍛え上げた筋肉でパツパツになった袖や胸板を見ると涙ぐましい努力があったと実感させられる。この場合褒めるべきは同田貫の忍耐力とコーディネートをなんとか決めた職員だろう。
「名前はどうしたの?」
「どうせアンタはたぬきって呼ぶんだろ?それなら、もうそのまま同田貫正国にしたよ」
「そっかー。じゃあ、たぬきも蜻蛉が来るまで何か頼む?」
「あ?あー…堅苦しそうだから俺はいらね」
 そう言って同田貫は沙の対面に座った。ここまで話し相手をしていた職員はそのままだが、同田貫が来てからは譲るように沈黙した。
「蜻蛉切はなんで俺より遅いんだよ。とっとと済ませてるかと思ってたんだが」
「分かんない。名前決めるのに手間取ってるんじゃない?たぬきみたいに、そのまま使えそうな感じじゃないし」
「あぁ…例として出されたけど、元の主の名前とか文字ってる奴もいるみたいだな。俺は集合体だから尚更難しいっての」
「沢山いるもんねぇ、同田貫とその主」
 現世で使う名前は重要だ。もしも何かあったときに、戸籍やまともな名前のない人なんて怪しいことこの上なく、無用な騒動は避けるために政府がきっちりと保険証やら必要なら免許証など、本人確認が取れるような物を用意してくれる。


 あんまり良い印象がない、というべきか。沙が同田貫と共に2個目のパフェをつつきながら蜻蛉切を待っていると、にわかに騒がしい団体客がやってきて悪目立ちしていた。
 保護者らしい老人にお姉さんが2人、それと沙と同じかそれより小さな子供が5人。都内のブランド系が名を連ねて参列するカフェは少なくともファミレスと同列に語っていい雰囲気ではない。こころなしかウェイターの顔が引き攣っているが、そこはプロ、手早くテーブルを繋げて団体客に対応していた。
 そして、彼らがやってきてから事件が起こり、5人の子供たちが我が物顔で動き始めた。普通、血を吐いて倒れた人間を見れば泣き喚いてもおかしくないと思うが、はたしてどのような環境で生きているのだろうか。
「なんだあのガキ。こーいうのって、ケーサツとかがやるもんじゃなかったのか?ほら、犯人はお前だ!ってやつ」
「んん、私も結構はなれてたから自信ない。でもそれ、多分警察じゃなくて探偵だよ」
「いえ、かなり異常です。ともかく、政府に連絡して早くここから離れましょう」
 ポンコツ気味な同田貫と沙に反して、まともな人間として顔面蒼白になった職員が手早く端末を操作して連絡を入れる。数コールして話し始めた職員をそのままに、沙はまだいくらか残っているパフェをつついた。普段本丸で重傷の刀剣男士を見て触れて手入れしていれば、血や死の近さにはある程度耐性がつく。たまに折れた矢を引き抜かなければならなかったり、生々しい切り傷を直視するので麻痺したとも言える。今更生肉を見たところで焼肉が食べられないことはない。
「沙様、同田貫様、事態を報告しましたので程なくして迎えが参ります」
「わかりました」
「とりあえず俺ぁ主を…一応今はあんたもか?守る為にいるんだ、側は離れねえよ」
 






























「なぁ、あんたって俺のもんじゃないのか?」
 ピキャっ、と鳴ったのはどこからだっただろう。長谷部の走らせていた万年筆に致命的なヒビが入った音にも聞こえるし、宗三が傾国よろしく扇いでいた扇子の要が砕ける音のようにも思えた。
 室内の空気がすぅ…と冷えたにも関わらず、問題発言の張本人、御手杵は間の抜けた表情で「えー…?」と不満そうに声を上げる。
 それを真正面に受けた沙は、衝撃発言にも関わらず、今日の八つ時であるいちご大福を黒文字で切り分けながらお上品に食し続けている。
 物を食べている時は喋らない。大切な作法である。
 口の中をお茶ですすぎ、ひとまず食べ終えた小さな主はようやく御手杵へ向き合った。
「ちがうよ」
「だってこう、俺を振るえないだろ?飯だってちょっとしか食べないし、寝てる時に適当に連れていけるし、俺があんたを持ってる時の方が多い」
「んー、御手杵が主になりたいの?」
 指折り数えてよく分からない理屈を並べる御手杵は、その言葉はしっくり来なかったらしい。しきりに頭を傾げている。
「でも、あんた何も文句言わないから、てっきり…」
「てっきり?」
「俺のものなのかなって」
「ちがうんだなぁ、これが」
「ちがうのかぁ…」
 あまりに酷く落胆した声で項垂れるものだから、特別悪いことをした訳でもない沙が何故か罪悪感に駆られる。休憩中に代わりに書類を見てくれている長谷部や沙の隣に侍る宗三の物々しい視線は既に手打ちか切腹の算段を付けつつある。ともかく、これ以上事になる前に部屋へ帰そうと口を開いた沙に被さるように、御手杵はまた爆弾発言を落とした。
「俺のものなら、隠そうと思ったのになぁ」
「おっふ…」
 歌仙がいれば雅じゃないと叱られそうな声が出た。叱られる前に37人目が爆誕しそうな状況なので、いないことに心底安堵する。
 あくまで平常運転のまま、気怠げにのっそりと胡座をかく御手杵に悪意やどろりとした感情は見当たらない。
「…主、ちょっと万屋に行きましょうか」
「へっ?」
 絶句していた沙を、宗三が無理やり立たせるようにして引き摺る。夜の蝶だの打刀最弱だのと揶揄される宗三でも、刀剣男士として人間以上の力はあるし、子供を抱えるくらいわけはない。軽々しい体重と細い身体は簡単に宙に浮く。
「僕の新しい扇子を設えに行きましょう。それに、貴女にも入り用な物は沢山ありますし、ね」
「えっでもまだ仕事…」
「たまには、お揃いで何か買ってみようじゃないですか。…ね?」
 普段から美形を飽きる程見ていても、色気というものに全く耐性のない沙は傾国の色香に陥落する。
 すぐ近くで「あー」と「うー」と頭を抱えて唸る槍の処分を、焼き討ちと手打ちに一家言ある男に視線一つで一任し、宗三はチョロくて初々しい子供を連れて、外へと出ていった。心配せずとも宗三は自分の金子で散財するので、長谷部は二次災害を気にせずそのまま見送った。
「…あっ、そうか!まだ俺のじゃないなら、どうしたら俺のになるのか聞けばいいのか!」
 閃いた!とばかりにハッとした御手杵の脳天に、機動70の脚力に鍛え上げられた渾身のかかと落としが落とされた。
 数時間後、沙が宗三と共にちょっとした散財をして帰ってきた時には、「主に無体を働こうとしました」と書かれたプレートを首から引っ提げた御手杵が簀巻きにされ、蜻蛉切と長谷部に連行されていく姿があったという。




 すぅ、と宗三の切れ長の目が細まる。近付いてくる端正な顔に、流石の沙も「そういう雰囲気」を感じ取って静かに瞼を閉じた。引き攣って頑なだった口元は緩く開き、僅かに舌が覗き、そのまま宗三の薄い唇が互いの吐息が交わるまで近付き──
「御用改めであるッ!!」
 ッスパーン!!と実に良い音を鳴らして障子を開けて現れたのは刀剣随一の若人、和泉守兼定だ。衣装のせいだけでなく心做しかピンクピンクしい空気の部屋に、赤面しながらも決定的な行為は阻止出来たとガッツポーズしている。
「なんです、和泉守兼定」
「あっぶねぇな!!子どもに」































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