平和に行きましょう。

つよいさにわ


「っおおおおおおおおおおお!!」

絶叫と共に振り上げられた薙刀はそのまま無慈悲に審神者の肉を潰し、骨を砕く

ーーー筈だった。

声もなく、殺意もなく、ただ鋭い衣擦れの音がした瞬間に。
目の前で岩融が吸い込まれるように池へ叩き込まれる様子を、和泉守はスローモーションに補正された意識の中でただ呆然と見ていた。
大柄な男に見合うそれ相応の重量を飲み込んだ池はそれはそれは見事な水柱を上げ、叩き込まれた岩融は勿論、至近距離にいた審神者は一本背負投の体勢のままその水をモロに浴びる。ほんの一瞬でずぶ濡れとなった岩融はまとわりつく袈裟により池の中で見苦しくもがいていたが、審神者は濡れた長い前髪をかきあげ眼鏡をかけ直すだけで表情は随分と涼しい。刀剣男士の中でも高い練度と重量級を誇る岩融をその柳のように細い身体で投げたというのに、息切れ一つせず気負った風もない。
不機嫌じみた表情はぴくりとも動かず、眼鏡の奥にある鋭い眼光は揺らがず岩融を見ている。しかしそのまま岩融がもがいていると、興味を失ったのか視線を縁側で呆然としていた和泉守へ移した。
和泉守の後ろには相棒を自負する堀川もいる。すわ交戦か、と本体たる刀を抜いて身構える。相手の審神者は丸腰ではあるが、間合いの広い岩融の懐へいとも簡単に侵入した素早さや軽々と投げるその膂力、体術は決して護身術という域に収まってはいない。戦場にいるように、和泉守達はこの審神者を油断ならない敵として認識していた。
けれどそのまま出方を窺っていると、審神者は刀と敵意を向けられているにも関わらず、やはり興味を失ったかのように視線を外した。
「やはり、次は鍛錬所か」
顎に手を添え思案した審神者はたった一言それだけを呟き、地面にいていたバケツや掃除道具を持って鍛錬所のある方向へ静かに歩いていた。
溺れる岩融は助けず、身構えた和泉守と堀川はスルーだった。



刀剣男士達のみが使用していた鍛錬所は、本邸とは違い血とシミ、澱みに侵食されてこそいないが、埃や虫などという放置されたが故の廃墟っぷりは中々掃除のしがいがあった。
スーツを脱ぎ、シャツを肘上までまくり上げた審神者は赤銅色の瞳を滑らせてハタキを手に取る。
掃除の鉄則。まずは窓を開けて上から掃除すべし。

縦横無尽に張っていたクモの巣を絡めとり、埃共々外へ追い出す。粗方叩き終えた梁を雑巾で丁寧に拭き取れば木材本来の木目が現れた。それに満足したように頷きながら、審神者は黙々と、かつ丁寧に窓のくすみや梁の埃をこそぎ落としていく。
その最中、後ろにある入口が僅かな軋みを立てて開いた。恐る恐るという風に鍛錬所に伸びる影法師の正体は、真新しい白が眩しい胴着を着た小柄な少女だった。
「師匠!報告に参りました」
「小娘、室内で走るなと何度目教えた」
「はい、すみません。それで報告なんですけど、後にした方が良さそうですか?」
「このままで構わん」
「分かりました」
こほん、と一つ咳払いをした見習いの少女は何処からともなくファイルを取り出し、淡々とした口調でこの本丸の状況を述べ始める。
「まず、ここに登録されている刀剣男士は32名。その内中傷10振り、軽傷4振り。重傷がいないのは資材ケチって刀解したからみたいです。出陣していたのは打刀以上の刀。短刀は前任からほぼ毎日性的虐待を受けていたみたいで、現在打刀達と奥の部屋で籠城中。練度は初期。それから前任の部屋から出てきた折れた刀数振りを調べたら、堀川国広以外の脇差でした。虐待の証拠もわんさか出てきたので、事件の調査自体はほぼ完了です。
あと怪我と疲労が比較的マシな太刀以上ですが、気配を辿るとそこかしこに潜んでる様子です。あと何か溺れてた岩融、その救助をしていた和泉守兼定、腰巾着の堀川国広を見つけたので捕獲、手入れ部屋に縛ってあります」
つらつらと並べられたこの本丸の状況の数々は明らかに異常極まりなかったが、見習いの少女は表情を変えず報告を終えた。
「抵抗は」
「されましたが、関節キメたらすぐ大人しくなりました。やっぱり身体を得てから日が浅いので、人間より痛覚に反応しやすいみたいです」
「怪我は」
「和泉守兼定はさっきの関節技で筋を違えて…」
「違う、貴様のことだ」
「あ、えっと、少しだけ胴着が切れた以外は無傷です」
「後で見せなさい」
「はい」
存外柔らかくなった言葉に、見習いの少女はふにゃりと笑みを綻ばせた。肩を竦めて少女へ振り返った審神者は脱いだスーツの懐からハンカチを取り出し、少女の顔を抑えた。












































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