09

 ベポ、ペンギン、シャチは、それぞれが真剣な面持ちで、夫人のくちが開かれるのを待っていた。
「……昔は、」
 そしてようやく夫人の溜息が淹れたてコーヒーの湯気を揺らすと、背筋をしゃんと伸ばして温かみのある声に耳を傾けた。
「昔はね、街の多くの者があの教会に通っていたんだよ。あの教会には、心優しい青年と美しい鬼が住んでいたんだ」
 夫人は、平和で幸せだった頃の光景をすぐ目の前に描くように思い出している。頻く頻くと胸が痛むのか、胸に手の平を当てて泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「ある日この島の海辺に鬼の女が打ち上げられていたんだ。牧師をしていた青年がその鬼を助けて教会に住まわせるなんて言いだすもんだから、あたし達はそりゃ驚いたさ」
「その鬼がものすごく怖い顔でもしてたの?」
「まさか。ただ美しかったのさ。見た目もさることながら、心がとても美しかったんだ。そんな美しい娘と心優しい青年が恋に落ち結婚すると、街のだれもが祝福したよ」
 夫人は、鬼の娘をまるで自分の子供のように可愛がっていたのだという。彼女の花嫁姿を思い出し、目頭を押さえた。
「でもねぇ……二人が結婚してすぐ、青年は病に倒れちまったのさ。その頃すでに娘の腹の中には子供がいたんだが、青年は自分の子供の顔を見る前に逝ってしまったよ」
「ばーちゃん、その子供ってもしかして、」
「そう、ミズキだよ」
「……たしか、“禁忌の子”って言われてたよな」
 典礼でヤシロが言っていたことを思い出し、シャチが呟く。その途端、夫人がこれでもかというほど強い力でテーブルを叩いた。
「その言葉!! あの子の前で言ったら承知しないよ!!」
「ぜ、絶対にっ!」
「言いませんっ!」
「アイアイおばあちゃん!」
 あまりの迫力にビシッと背筋を伸ばし敬礼をする面々。ひと息をついてコーヒーのカップにくちをつけた夫人は、咳払いをして話を続けた。
「言い伝えがあるのさ。『鬼の女は、己と身体を重ねた人間の男から生命力を奪い、腹に宿した子供はその生命力で育つ』っていうね。だから禁忌だなんて言われる。でも、そんなものは嘘さ」
 青年の患っていた病は、当時不治の病といわれていた流行り病で、鬼の娘がミズキを授かったのちに罹ったのだ。だから鬼が人間から生命力を奪うなど、ただの迷信でしかないと夫人は言った。
 青年亡きあと、教会での仕事は鬼の娘がおこなうようになったという。女手ひとつで教会の運営と子育てに奮闘する彼女を支えたのは、夫人を始めとした街の人々だった。
 教会には毎日たくさんの人が訪れ、いつも笑い声があふれていた。
「そんな幸せを奪ったのが、あのヤシロという海賊さ。十年前に突然現れて、力でこの街を支配した。そしてミズキの母親の命を奪った。どうにかミズキだけは教会から逃げ出してきたんで、この十年、街の皆で世話してたんだよ」
 だから街の人々はミズキの名前が出た途端に、あれほどまでに気にかけたのか、とペンギンは納得した。
「ヤシロに捕まらないように、絶対に一人で出かけないようによく言って聞かせてたんだけどねぇ。だれが流したのか、母親の遺体が教会にあるっていう噂を聞くなり飛び出していっちまって……」
「それで捕まっちゃったんだね……」
 シン、と静まり返る四人に、周りで聞き耳を立てていた客たちもしんみりと肩を落とす。
「ミズキ……無事でいておくれ……っ」
 祈るようにして強く組んだ手を震わせる夫人と、苦い顔でそれを見つめるハートの海賊団。なんと声をかけようか考えあぐねていると、店の外から慌てた声が飛び込んできた。
「エケレジアが燃えてるぞ!」
 だれかのその声に、夫人やベポ達も店を飛び出す。
「青い炎!?」

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