08
「ハァ、ハァ……キャプテン、大丈夫かな」
荷馬車を後ろから押すベポが息を切らしながらぼそりと呟いた。
「船長なら大丈夫だろ……強ェし」
「うんうん」
馬の代わりに荷台を引くペンギンとシャチの額にも汗が滲み、眩暈の余韻が残る頭を振り、なんとか走っていた。
もうすぐ街に差し掛かるというところで、教会から爆音が響く。
「うわっ!」
「シャチ! 足を止めるな!」
「きゃ、キャプテンー!」
「ベポも振り返るな! いまは船長に言われたとおり、子供達を街まで連れてくことに集中しろ!」
顎の先から滴り落ちる汗を拭うこともせず、ペンギンは二人を一括して足に力を込めた。
「でもよ、こいつら街まで運んで、おれらはどうすりゃいいんだ?」
自分の息で曇るサングラスのポジションを直したシャチが、ふとそんな疑問を洩らしたが、この場にいるだれもその答えを知るはずは無く、しばらく無言のまま三人で走り続けた。
道の勾配がだんだんと緩やかになっていく。それに伴い荷馬車も重く感じていったが、目の前に広がった栄えた街並みを確認したところで、力尽きたように足を止めその場に座り込んだ。
「っゼェ、ハァ」
「も、もう動けねェ……」
「アイアイ……」
全員が一斉に手を離したので、荷馬車はガタゴトと大きな音を立てて止まることとなった。
突然荷馬車と共に飛び込んできた二人と一頭に驚いた人々は、その様子を遠巻きに見ているだけだったが、すぐに白髪の夫人が駆け寄ってきた。
「あんた達……! その荷馬車、どうするつもりだい!?」
「あー! 昨日のおばあちゃん!」
「き、昨日の喋るクマじゃないか!」
お互いに指差し合った夫人とベポ。シャチが「知り合いか?」と尋ねるとモフモフとした頭を一生懸命に縦に振った。
「キャプテンとここに来たとき、あの教会のこと教えてくれたのがこのおばちゃん」
「そうか。なぁばーちゃん。この中に女と子供がいるから、もといた場所に返してやってくれ」
「え……?」
ペンギンの発言が以外だったのか、夫人は目を丸くして何度も瞬きをしている。
「おれ達は船長に言われてここに運んできただけだ」
「……!! あんた達のその胸のマークまさか、」
昨日自分が石を投げつけた男の背中にも、にっこり笑顔の髑髏が描かれていたことを思い出した夫人は言葉を失った。その代わりの言葉を続けるように、ベポが夫人の発言を肯定した。
「そうだよ。おれ達はみんな仲間なんだ」
夫人は困惑していた。昨日は確かにエケレジアへ人間を買いに行くと言っていた男が、なぜ自分の仲間に子供たちを助けさせたのか。最初からそのつもりだったというのならば、どうしてそう言わなかったのか。
「で、でもなんだってあの男が……」
「それはおれ達にもわからない」
「まぁ、実際にこの荷馬車を街まで運べって言いだしたのは船長じゃないしな」
「そうそう。ミズキがね、キャプテンにお願いしたんだよ」
「ミズキが!?」
ベポのくちから飛び出した名前に、夫人がついに大声を上げる。周囲で様子を見ていた者も、ミズキの名前を聞くや否や我もといったふうにくちを開いた。
「ミズキくんはどこにいるんだ!?」
「どうして一緒じゃないの!?」
口々にミズキを心配しだす街の人々は、ベポ達が海賊であることも忘れて必死に無事を祈っている。大勢の人間に囲まれて詰め寄られたハートの海賊団は、その勢いに驚きくちをあんぐりと開けてしまう。
しかし教会から発生した二度目の爆音に、全員が振り返った。
ミズキが連れていかれたはずの教会から、とてつもない爆音がしている。そのことに顔を真っ青にした夫人が、とても高齢とは思えない力でシャチの胸倉を掴み上げて怒鳴りつけた。
「どうしてミズキを連れてきてくれなかったんだい!?」
「お、おい、婆さん、」
「見捨ててきたってんなら承知しないよ! 海賊だかなんだか知らないけど、あの子を見殺しにしたあんた達を殺してやる!」
「おばあちゃん落ち着いて!」
目に涙を溜めた夫人をベポが羽交い絞めにしてシャチから引き離す。
ほっと息をついて尻餅をついたシャチに手を差し出して助け起こしたペンギンは、夫人に向き直って静かに息を吸った。
「ばーちゃん。あんたがそれを言う資格が本当にあるのか?」
ペンギンの言葉に弾かれたように夫人が息を飲む。彼が言わんとしていることがわかっているからだ。
夫人だけではない。この場にいる誰もが俯き、くちを噤んだ。
ヤシロを恐れ、子供や女達が連れていかれる光景に目を瞑ってきたのは自分達だ。それをいまさら「なぜ助けてくれなかったのか」とシャチ達を責めるのはお門違いでしかない。
「わかってる……わかってるさ……悪いのはあたし達だ……」
地面に膝をつきがっくりと項垂れる夫人は、人目も憚らず少女の様にぼろぼろと涙を零した。
「ペンギン、婆さんのこといじめんなよ」
「い、いじめてはないだろ」
おろおろ手を忙しなくばたつかせたペンギンは帽子を深くかぶり直す。
「ミズキ……どうか無事でいておくれ……」
着物が汚れるのも気にせず、地面の細かな砂利を掴むように拳を握り祈る夫人の背中をベポが優しく撫でた。
「おばあちゃん……。だ、大丈夫だよ! きっとキャプテンが連れてきてくれるから!」
「そうだぞばーちゃん!」
「おれらの船長はすげェんだぜ!」
意気揚々と船長自慢をすることで街の人々をなんとか励ましたベポ達に、夫人は何度も何度も感謝をくちにした。
「なぁ、婆さん。この街に一体なにがあったんだ?」
建付けの悪い荷馬車の戸を開けながらシャチは突然そんな疑問をくちにした。
中にいた子供達は、街の人々が連れ出しぐったりとしている彼らを次々と病院へ運び込んでいく。
「あんた達にそれを話したって、なににもならんだろう」
少し驚いたような夫人はバツが悪そうな顔でそう言ったが、ペンギンとシャチは顔を見合わせて頷いた。
「いやぁ……ここまで関わったんなら、知っときたいっていうか……」
「知らないまんま立ち去るんじゃモヤモヤするんだよな……」
「わかった。街の子を連れてきてくれた礼には足りないだろうが、あたしの奢りでお茶でもしながら話そう」
どこか手近な店は無いかと、夫人が視線を彷徨わせる。
「そ、それならうちの席が開いてますよ……」
少し躊躇いがちに名乗り出たのは、ローとベポが前日に立ち寄った店の店主だった。
「あんた、ありがとう。助かるよ」
店の奥へと案内され、四人掛けの大きなテーブルに着くと、夫人は真剣な面持ちでそろりとくちを開いた。
「さて、なにから話そうか」
細かく散ったステンドグラスが、まるで一つ一つの母親との思い出のようで、ミズキは一瞬たりとも目が離せなかった。美しい教会の内装さえも見えず、白い光に包まれた世界のように思えた。
だからだろうか。
「……っく、許しませんよ……!」
心臓が抜け落ち身体が二分されたヤシロが、袖に仕込んでいたナイフをミズキの背中目掛けて投げたことに気付けなかった。
「――――!」
滑らかな肩甲骨の間にナイフが突き刺さり、ミズキの身体がぐらりと倒れる。
「ッミズキ!!」
とっさに手を伸ばしたローの腕をすり抜け、受け身も取れぬまま大理石の冷たい床にミズキは頬をつけた。
「身体に傷をつけるのは不本意ですが、あなたに逃げられるわけには……アアァアアァァ!?」
「“タクト”……“シャンブルズ”!」
瞬時にサークルの範囲を海まで広げたローは、刻んだままのヤシロや、教会の前に転がっていた幾人もの海賊たちを宙へ持ち上げ、瞬時に海の上へ移動させてそのまま落とした。
ローがいまいちどミズキへ振り返ったその瞬間、ぶわりと青い炎が燃え広がった。
ミズキの全身から洩れ出るような鬼火が瞬く間に教会すべてを呑み込むと、ミズキはそのまま意識を失った。
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