はじまりの路地裏

 気づくと、私は薄暗い路地裏にひとりで立っていた。上を見上げてみると、高い壁に切り取られた、鮮やかな青色。

 ここは、どこだろう。

 とりあえず、濁った水たまりを避けるようにして路地の出口を目指した。ぴちょん、ぴちょんと水の落ちる音がするたびに、少しこわくて肩が揺れる。ようやく薄暗い空間の終わりを見つけて駆け出したとき、私は奇妙なことに気づいた。目の前を横切っていく人々は、私がよく見ていたものよりもずっと大きく――見慣れないものであった。

 どういうことだろう。見たところ、みんな私の背の二倍くらいはある。

 それでも、私は安心したかった。誰かに優しい目で、優しい声で、大丈夫? 怖くないよ、とささやいてほしかった。だから、私は異変には気付かないフリをして、路地裏を抜けた。

 どん。
 抜けた先があまりにも明るくて少し目をつむった瞬間になにかにぶつかった。その勢いのまま地面に転がされて、びっくりして目を開けると、仏頂面の男の人が早口で何かを喋りながら私を乱暴に起こして、去って行った。

 「ご、ごめんなさい」
 去っていく背中に小さく声をかけて、ゆっくりと周囲を見渡す。忙しそうに行き来する人々はみんな大きくて、知らない言葉を発している。立ちすくむ私を怪訝そうに見る目が怖くて、私は心配そうに近寄ってきた女の人から逃げるように暗い空間へと戻った。
 先ほどまでは随分と恐ろしかった空間は、今では私を優しく包み込んでくれているような安心感を与えてくれていた。私を追い立てていた水音さえ、子守唄のようだった。

 一人になった空間のなかで、私は背中を壁に預けてずるずると座りこんだ。そして、先ほどの出来事を反芻する。大きな人間。知らない言葉。ちらりと見えた看板には見慣れたアルファベットがあった。知らない間に、どこかの外国人街にでも来てしまったのだろうか。
 ……でも、うちの近所に、そんな場所はなかった。一体、どうなってしまったんだろう。私は、帰れるのだろうか。友達に借りたマンガだってまだ途中だし、中学三年生になったらお母さんがパソコンを買ってくれるっていう約束だったし、……お母さん。私、お母さんに会えるのかな。

 急に心細くなって、私は自分の体をぎゅっと抱きしめた。
 夢だ。そうだ、これは夢だ。絶対にそうだ。目が覚めたらちょっと寝坊してて、お母さんに怒られながら制服に着替えて、それから。自然と溢れた涙を乱暴に袖で拭った。心の中では、ずっと、これは夢なんかじゃないって、……。



 その瞬間、唯一の光源である四角く切り取られた空に陰りが差して。曇りだしたのかなぁ、雨が降ったらやだなぁ、なんて思いながら見上げた視線の先に。

 赤い瞳が、私の心を捉えた。


 赤い瞳なんて、初めて見た。強い意志のある視線が、私の胸を焦がすようにジリジリと熱を帯びていた。濡れたように艶やかな黒髪が、ゆらりと大きく揺れて……、え?

 そうして、彼は全身を空に投げ出した。