気配

 「ん〜、おいしい! 流石私だわ!」
 意外に思われるかもしれないが、私たちは自分で料理を作ることがほとんどだ。暗殺部隊で働いていて、外で他人の作ったご飯を食べるなんてよほど毒に耐性がある人かバカしかしない。そういうわけで、実はヴァリアーの幹部たちもみんなそれぞれに最低限の料理のスキルを持っている(とはいっても、とりあえず火さえ通っていればいいとかいう人もいるんだけど……。主にボスとか。たまに生だし。)が、私はその中でも料理と相性がいいらしく、なんだかんだと口車に乗せられてみんなのご飯を作ることが多い。まあ、文句を言いつつも楽しく食べてくれるから作り甲斐がないわけでもないんだけど! ヴァリアーのマンマとしてはあの子たちの栄養状態が心配になっちゃうところだし!
 フンフンと鼻歌を歌いながら、スープ、サラダ、そしてメインのステーキを焼いていく。いつもボスには肉肉肉肉言われているけれど、実際には結構カツカツなところがあって(任務の度にあちらこちらを破壊しちゃうような子たちがたくさんいるのよね)、お豆腐のハンバーグとかで場を濁すことが多い。今日はベルちゃんが依頼人を脅……おねだりしてゲットした牛肉があるから、久しぶりのイイお肉にみんな喜ぶに違いない。
 いつもならご飯を食べる時間はバラバラだけど、さっき、どことなく楽しげなボスに「夕食は20時だ」と宣言されたから、まあ多分みんな死にものぐるいで間に合わせるだろうと言うことで、私も張り切って人数分準備している。そういえば、スクアーロはちょっと遠いところでわりと大きな任務だった気がするけど…………まあいいわ! がんばれスクアーロ!

 「さて、そろそろデザートのゼリーが固まったころかしら」
 「こんにちは」
 「!」
 背後から、どこか甘えた、幼子のような声がかけられた。ーー侵入者だ、とすぐに全身が緊張にはりつめる。指先のひとつひとつで背後の雰囲気を探る。声や慎重からして幼児であることは間違いないとは思うが、ここはふつうの幼児がたまたま侵入することが叶うほどのザルな警備ではない。つまり、そうとうの手練れであるか、さらに後方に待ち構えている刺客が楽に働くためのオトリである可能性がある。
 背後からヒタ、と音がして、声の持ち主が一歩足を踏み出したことを知る。来る、と振り返った時には、もう自分を攻撃できるスペースまで入り込まれていた。そうして初めて目を合わせた少女は、まるでなんてこともないような顔で微笑んでいた。余裕な様子で距離を縮めた挙句に微笑んで見せるその刺客に、これまでの暗殺部隊人生で鍛えられてきた様々なものがガラガラと音をたてて崩れ落ちて、そこに残った自分が串刺しにされるような喪失感と恐怖を感じて、私はつい膝をついた。

 「だいじょうぶ?」
 とどめを刺さないのか、と激昂しかけたところで、目の前にいるのが本当に――ただの少女だということに気がついた。純粋そうな光をたたえた目に、あどけなくふくよかな頬。手にはナイフなんて持っていないし、その指の一本一本が細く、やわらかな白い皮膚で包まれている。

 「え、ええ、ちょっと立ち眩みが……。……アナタは?」
 「みゆ」
 「そう、みゆちゃんっていうのね……、……どうしてココにいるのかしら」
 「ざんざがおいでっていったから」
 「ザンザ……? 下っ端の隊員かしら……?」
 まったく、こんな小さな子を暗殺部隊のアジトに連れ込むなんて、どういう神経をしてるんだか。おかげで私が無駄に驚くハメになったじゃないの。見ず知らずのザンザだとかいう隊員に怒りを燃やしていると、目の前の少女のお腹がキュウ〜と切ない鳴き声をあげた。

 「あらあら、お腹が空いたのね。……ここにあるのはあの子たちのものだからいくらなんでも分けてあげられないわね……、そうだ、ゼリーの余りがあるわ。どう?」
 「たべる」
 「そう、それじゃあそこに座って」
 みゆは本当にただの少女のように嬉しそうに笑った。ああ、何故私はこんな女の子にあそこまで恐怖してしまったのだろうか。――いや、確かに。確かにあの時、私の人生が、勘が、身体のすべてが死を予感していた。そう考えると、目の前の少女が恐ろしいもののように思えて、そっとため息を吐いた。見れば見るほどただの女の子で、純粋そうに笑う顔は死とは遠く思えるのに。それでも。――ああ、ザンザとかいう野郎は、どうしてこんなとんでもない子を連れてきてしまったのだろうか。