ハレルヤ

 「すみませーん、花束ひとつくださーい」
 「おわあああああああ!?」
 急に目の前にがらんどうなのにやけにぴかぴかしている目が現れて、思わず大きな悲鳴をあげてしまった。目が喋った! こんなに近いのに視線が合わない! なにこれ! こわい!!
 「ちょ、な、なんなんですかー、いきなり悲鳴をあげやがるなんて失礼すぎませんー?」
 「だってこんな大目玉おばけ、え、……えっ?」
 なおもひょこひょこと揺れながら声を挙げる目玉の下から、緑色の男の人が顔を出した。な、なんでこの人、へんなかぶりものしてるんだ。これがイタリアのオシャレなのか。ナウなヤングのシャレオツなあれなのか。

 「大目玉おばけ!? 変なあだ名つけるの勘弁してくださいよー。ミーはフランです。お姉さんはなんてお名前なんですかー?」
 「は、はあ、フランさん……。わたしは大橋です」
 「さしずめお名前は加奈さんってところですかー?」
 「な、なんで名前知ってるんですか!?」
 「ネームプレートですよー」
 ああ、そうか、そうだった。この通りにある他のお花屋さんと同じく、このお店も、かわいい小さなネームプレートを左胸につけるルールになってるんだった。わたしは持っていた小ぶりの花を棚の上に置いて、驚きの余韻で震える足を擦り付けるようにして脚立を降りた。いざ床に立ってみると、大目玉のフランさんはわたしよりちょっと大きいくらいの背丈に、本当に驚くほどの大きさの蛙のかぶりものをしていた。

 「あの、その……かぶりものって……」
 「世の中には知らなくてもいいことがあるんですよー。そんなクソつまんないことより、花束をつくってもらえませんかー? ついでに、ミーのお話も聞いてくださいよー」
 「ハイ」
 かぶりものについても聞きたかったが、本当は一人称にもツッコミたかった。


* * *


 「はあ、それで、フランさんはその女性のことが好きなんですね」
 「うわ、なんか直球で言われるとちょっと照れますー……」
 きゃあ、と両手で頬を包むようにして恥じらうフランさんの目の前で花束をこしらえる。うーん、そんなに好きな人にあげる花束なのに、どうして私の好きな花でいいなんて投げやりなんだろう。あんまり女性にプレゼントしたことないから不安なのかな。

 「その女性のどういうところが好きなんですか?」
 「う、なんか積極的ですねー」
 フランさんが、不満そうに唇を尖らせた。わたしが花を切る様子を半目でじっと見つめながら、どこか夢見心地で言葉を続ける。
 「最初は、その辺を歩いてたときに見かけたんですけどー、お客さんに向けた笑顔が可愛いなって思ったんですよねー」
 「えっ、この通りで働いてらっしゃる方ですか? 誰だろ、笑顔が可愛い方っていうとー……、あっ! 斜向かいの靴屋さんのアンナさんですか?」
 「そのあと何となく気になっちゃって、真剣に仕事をしてる様子とか、悩んでるようすとか……、屋敷に帰ったあとも、仕事中もなんとなくちらつくようになって」
 「えー、他の方だと……グレッグさんの本屋さんで働いてるエミリーちゃんとか? あ、あっちの雑貨屋さんの店主さんですか? まだできたばっかりであんまりお話できてないんですけど……」
 「あ、もしかしてこれ、恋ってやつなのかぁって気づいてしまったわけですよー。初恋ですよ初恋ー。どうすればいいのかわかんなかったんですけど、とりあえずお店に行ってお話してみようかなって。ちなみに、さっきから加奈さんが挙げてる人たちはみんなハズレですー」
 その調子だと、今後出てくる名前も全部ハズレですねーと小馬鹿にして笑うフランさんにいーっと舌をだして、手元に視線を戻した。わたしが一番好きな、赤色のガーベラを中心とした花束が一番映えるようなラッピングを選ぶ。うーん、こっちかな、こっちがいいかな。

 「笑顔も素敵ですけど、一番好きなところは真剣にお仕事をしてるところかもしれませんー」
 「ふふ、わかるかもしれません」
 「えっ、加奈さんも、その、真剣にお仕事をしている人がお好きなんですかー?」
 「素敵ですよね」
 「ふ……ふはあ、ミ、ミーがんばります……」
 「わたしが好きだからってその方もお好きかは分かりませんよ?」
 「う、……で、でもいいんです。ミー、真面目に仕事、します。すごく。たくさん。」
 「無理のないように頑張ってくださいね。……よし、できた! はい、フランさん、お相手の方が喜んでくださればいいですね」
 「ありがとうございますー」
 フランさんは緑色に黒色の服を着ているから、明るい色の花束がちょっと浮いて見える。もしもうまくいったら、結果を教えてくれないかなーなんて期待しながら、お客様をお見送りするためにカウンターから出ようとしたとき、「あの!!」と、フランさんがびっくりするような大声をあげた。

 「な、なんですか、不備でもありましたか?」
 「あ、いえ、お花は最高の出来ですー、でも、その、あの〜〜〜〜……」
 「?」
 「あ、あげます!! それでは!!!」
 「え!? お気に召しませんでしたか!?」
 「返品じゃなくて! プ、プレゼント!! です! そ、それじゃ、それだけなので!」
 押し付けるように花束を抱かせて、風のように去っていったフランさんが開けたドアが、からんからん、と音をたてながらゆっくりと閉まる。わたしはぽかんと口を開けたまま、手元に残された、わたしの大好きな花だけでできている花束を見つめた。


 「ど、どういうこと?」





 * * *


 「なーんかお前、ちょっとウワノソラじゃね?」
 「あー、ベルセンパイ……、ミー、昨日告白したんですよー」
 「ヘー。お前、そんな信心深かったっけ?」
 「……」
 フランは、靴にかかってしまった血飛沫を丁寧にぬぐいながら、自分が花束を押し付けた時の加奈の間抜けな顔を思い出していた。ミー、今日はお仕事超がんばっちゃいましたし、加奈さんの好みの男にドンピシャじゃないですかー? そろそろ惚れられてもおかしくないと思うんですよねー。たぶん、あのお馬鹿な加奈さんにはちゃんと言わなきゃ伝わんないだろうし、うん、また改めて会いに行かないと。

 「なー、なんの告白したわけ? オイ無視すんなよ」
 「……」
 靴に飛び散った血の色が、ガーベラを連想させる。それを拭うハンカチは、加奈の肌の一番明るいところと同じ色をしている。
 お仕事中に好きな人を思い浮かべて、好きな人のちょっとの言葉で、こんなに真面目に仕事するなんて。
 「はーあ、ミーってほんと健気」
 「なーなんの告白したんだよー」