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Episode:26 Unseen light
これが貴方がくれた温もりなのだろう。冷えきった私の心を変えた太陽のような温もり。私はその恩恵に預かっているに過ぎないのだ。クレインは守らなくてはならない。たとえ私の命が尽きようと、彼だけは必ず。
私は密かに心に誓いを立てていた。
「はぁ…なんとか持ちこたえたね。名前、大丈夫?」
「うん、大丈夫…クレインは?」
「僕も大丈夫。さあ、本隊と合流しよう」
しかし本隊はまだパラディンの猛攻に遭っており、合流するのは困難を極めていた。手持ち無沙汰で本隊を見つめる私達に気付いたのか、ロイ将軍はペガサスナイトに伝令を持たせてこちらに指示をくれた。
私達はそれに従って周辺のマムクート達を倒していった。噂によると彼らはベルンによって創り出された戦闘竜らしく、自我を持たないのだとかで、非常に不気味な戦いだった。
それもクレインとの攻撃で打破すると、私たちは最後の砦へと足を向かわせた。
「ここが封印の神殿…」
「見て、クレイン!敵の増援が本隊に…!」
「うん…入口は僕が守る。名前、ひとまず将軍と話をして来なよ」
「でも、クレイン…!」
大丈夫だよとウインクをするクレインに私は首を縦に振ることしか出来なかった。なぜならすぐ目の前の玉座には、他でもないマードック将軍が座っていたからだ。
私が彼の前へと歩みを進めると、顔を上げた将軍と目が合った。
「マードック将軍…私のことを覚えていますか?」
「幼い殺し屋も随分とまともな人間になったようだな」
「…将軍……」
「恩義を感じるのなら、本気で来い!」
将軍は昔と変わらない冷静な視線を私に向けていた。まともな人間になった、どこを見てそう判断したのだろうか。まさかこの一瞬で私の変化を見極めたとでも言うのだろうか。否、この将軍ならそれも有り得る。
鈍い自分と鋭い将軍の差に苦笑した。私にはまだ一瞬で人を見極める能力は備わっていない。
マードック将軍も変わったのだろうか。ベルン王ゼフィールがそうであるように。
「マードック将軍…貴方に恩は感じています。あの時私を助けてくださった恩は忘れません。しかし、この世界は…この世界だけは、渡せません!」
「それでこそ私が救った命だ…。来い、名前!手加減はしない。全ては陛下の御心のままに…」
「将軍…」
将軍は最期まで私の憧れのままだった。強くて真っ直ぐで臣下達からも王からも信頼され、冷静な瞳の奥に見え隠れする優しい感情。罪を重ねる私を救ってくれたあの時と、何も変わらない。
崩れゆくマードック将軍は、最期に私に告げた。陛下を、ベルン王国を頼むと。そして、自由に生きろと。
「自由、に…」
「名前さん、マードック将軍を討ってくれたのですね」
「ロイ将軍…!」
リキア同盟軍を纏める若き将軍は私の健闘を称えてくれた。マードック将軍に生かされた命なのに自由に生きろだなんて、身勝手な人だと思う。あのまま闇商売をして懸賞金が発生していれば、この軍でのうのうと生きることも難しいだろうに、彼に救われたお陰でその域に達することもなく今を迎えている。
「ねぇ、クレイン」
「どうした?」
「私…全然分かっていなかった。こんなにもたくさんの人に助けられていたのに、何一つ恩返しできなかった。父さんにも、ソラにも、マードック将軍にも」
「皆、名前の幸せを願っている人達ばかりだよ。君はこの戦いが終わったら自由に自分の望む道を歩いて。君を救ってくれた人達のためにも…」
また一歩、クレインが遠のいた気がした。この前までは手を伸ばせば届くところまで来たと思っていたけれど、私の手は空を切るばかりで彼の背中は遠ざかっていく。
それでも私は彼の名前を呼んで引き留めることは出来なかった。隣にいる罪悪感という影が私の喉を縛りあげて声を出せないようにしている。振り解けない。振りほどいてはいけないのだ。これまでもこれからも、ずっと。
「名前、僕達の未来を掴みに行こう」
「クレイン…」
彼は私に手を差し伸べてくれた。私が闇に取り残されそうになっても、闇に足を取られても、幾度となく彼は私の手を取って底から引き上げてくれた。
遠くなってしまったと思った瞬間、また彼の方から私に歩み寄ってくれた。
リグレ公爵家の子息で、元エトルリア魔導軍将のパント様を父親に持つ、才色兼備のエリート。
私とはかけ離れた生まれ育ちの彼とは普通に生活していれば出会うはずがない。皮肉にも戦争がそんな彼と私を引き合わせた。そして、こうして彼は当たり前のように私へ手を差し伸べてくれる。
「大丈夫だよ、僕が側にいる。一人じゃない。行こう!この戦争を終わらせるんだ」
この手を取ったら、戦争が終わる気がした。さよならと別れを告げてクレインの後ろ姿を見送るような、そんな景色が私の脳裏に浮かぶ。
嫌だ、そんなのは嫌だ。
クレインと離れたくない。彼の側にいたい。
「名前?」
彼はそのまま動かない私の顔を覗き込んだ。さらりと揺れる見慣れた金色の髪。こんなにも彼の髪は綺麗だっただろうか。彼の瞳は、こんなにも透き通っていただろうか。
どれほど彼の側で時を過ごしてきたのだろう。彼が王子様のように手の届かない人だってことは分かっていたはずなのに。彼が遠ざかっていくことの意味は昔の自分なら理解出来るはずなのに。
「なんでクレインは当たり前に側にいてくれるの…?」
「なんで…って、そんなの…決まってるじゃないか。名前のことが好きだからだよ。僕は君を守りたい。自分が未熟なのは承知しているけど…それでも、生まれて初めて家族の他の誰かを守りたいと思った。命をかけて」
クレインは私の目を真っ直ぐ見ていた。彼との間に感じていた距離は、彼自身の言葉によって縮まっていた。すぐ近くにいる。側にいてくれる。他の誰でもない私のために、何の見返りもなく、私の隣にいてくれる。私を孤独の海から引き上げてくれる。
「クレイン、」
「名前」
「私…まだ一緒にいたい。クレインと離れたくない…。戦争が終わっても、一緒にいたい…いさせてほしい…!」
「うん。僕もだよ。ずっと、隣にいてほしい。だから…これからもこの手を離さないでね。辛い時は僕が側にいるから…。約束だよ、名前」
いつか二人でこの戦いをまだ見ぬ子どもたちに語ることがあるのだろうか。二人の出会いから、すれ違いながら過ごした時間を語る時が。
その時は過去に囚われることなく笑えるだろうか。
私はクレインの手を取って歩き出した。
まだ見ぬ未来へと、希望に満ちた光へと。
暗い過去も悲しい記憶も、二人ならきっと乗り越えられると信じて。
まだ見ぬ、光。
fin.
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