父の背中を追いかけて此処まで来た。周辺諸国にも決して屈せず、相手を傷付けることなく民を守る父の背中に憧れてきた。

戦いの音がする。
摺り足で床を摺る忍が近づいてくる音。多くの忍が育つフウマ公国では刀同士がぶつかり合う派手な音ではなく、探り合いから始まる静かな戦い。
耳を澄まして神経を集中させなければ聞こえないその音は、戦いの火蓋が落とされたことを意味していた。

再び始まるフウマ公国の戦いにナデシコは身を任せるしかなかった。



第一話

静かに流れる時間の中で
色付いていた思い出




今日は白夜王国の忍達に会うんだ。お前の同年代にも会えるぞ。そう父に言われ、楽しみ半分不安半分で彼らの到着を待っていた。あの時は白夜もフウマもコウガも表面上では協力体制にあり、表立って戦争するようなことはなかった。

「お父様、どんな人なんですか?」
「ん?私もサイゾウから息子とは聞いているが、彼らに会うのは初めてなのだ。しかも双子だというのだからな。ナデシコよりは少し年上だったか。名前は…」
「いよいよ私の気配に気が付かなくなったか?フウマ大公よ、鈍ったな」

突然背後から掛かった声に私は大いに驚き、小さな悲鳴を上げて父の背中へと隠れた。頼りにしている肝心の父は笑顔でその相手――4代目サイゾウ――へと応えていた。
父に隠れつつあちらを覗くと、見えたのは赤色の髪と緑色の髪。赤髪の彼は神妙な顔で周りを観察しているようで、緑髪の彼は私に気がついて優しい笑顔を見せてくれた。

「紹介しよう。私の娘、ナデシコだ。お前の息子達は既に優秀な忍の教育を受けているようだな」
「ああ、無論だ。二人とも忍に育て上げる。赤いのが私の名を継ぐ5代目サイゾウ、緑のがスズカゼだ。お前の娘は忍にしないのか?」
「ナデシコは忍にはならなくて良いと思っている。勉強は出来るのだが運動が苦手なんだ。な?」

父が私をからかってそう言うとサイゾウさんはお前の娘が運動音痴なんて誰が信じるか、と大笑いしていた。
私は忍に向いていない、そう思ったのはその任務の残酷さを知った時だった。
幼心ながらフウマの忍達を見ていた私は、自分に良くしてくれた人間が急に消えることにある時気付いた。父に聞いても教えてはくれず、それは周りの使用人も同じで、管轄の違う忍に聞いて分かったのだ。彼らは皆、任務に失敗して命を落としたのだということ。

「初めまして、スズカゼです。ナデシコ…さん」
「は、初めまして…ナデシコです…。フウマ大公の、娘です」

丁寧なスズカゼに合わせてぺこりと頭を下げる。
忍の仕事は常に危険と隣り合わせで、この頃動物ですら殺せなかった私にとって人を傷付けるなどもってのほかだったのだ。

スズカゼは柔和で話しやすそうだが、隣の赤い髪の人は挨拶を交わしても無愛想で少しだけ怖かった。そんな私に気がついたのか、兄はいつもこうなので気にしないでくださいとスズカゼは眉尻を下げて一言添えた。

これはまだフウマと白夜が友好的に付き合えていた頃の話。

白夜の双子の兄弟とは交流も深くなりこの後も何度か顔を合わせ、2人を通じてカゲロウとも出会った。ナデシコはカゲロウと非常に気が合い、白夜王国に行くたびに彼女に会うのを楽しみにしていた。

しかし平穏は長くは続かなかった。スメラギ王がガロン王によって殺され、娘まで連れ去られたのだ。白夜王国は突然に戦乱へと巻き込まれることとなった。

「お父様、次はいつ白夜に行くのですか?」
「…しばらくは行けなくなる。そのことでだが、ナデシコ。お前も祓串は満足に使えるようにしておきなさい」
「どういう意味ですか?この国にも何か起こるということですか?お父様、私も子どもではありません。教えてください」

父は玉座に座ったまま目を瞑って考え込んでいたが、仕方が無いなと神妙な面持ちで語り始めたその内容は、耳を疑うものだった。
数年前から動きがあったようなのだが、先日父の臣下がいよいよその核心に触れたらしい。

「まさか、コタロウさんが…そんな…」
「いいかナデシコ。コタロウがいつ我らに反旗を翻すかも分からない。お前も心しておきなさい」

叔父の企ては最早疑いの余地がなかった。スメラギ王が逝去した後、彼の臣下が父の周りだけでなく私の周りにまで嗅ぎ回ってきた時にそう実感したのだ。

どうして、と疑問を口にして気付くのは、弟であるコタロウさんは兄の父を邪険に思っているに違いないということ。叔父は常に権力を求めており、私にも口うるさく白夜の忍を通して王族と知り合うように勧めてきた。

「フウマはどうなってしまうのでしょうか…。神様、どうかこの国と父が無事でありますように…」

神への願いは必死に祈る私を横目であざ笑うかのように虚しく地へと吸い込まれていった。








表紙 top