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フウマ公国の令嬢との時間は私達にとって休息であった。白夜王国で過ごす時間は常に試されており、気の休まることはあまりない。それは父や兄、カゲロウも同じだったようで、フウマの一行が白夜に来る時は楽しみにしている様子が伝わってきた。
「カゲロウさん!お久しぶりですね。今日も会えて嬉しいです」
「ナデシコさん、ようこそ白夜王国へ。お待ちしていました」
「スズカゼさんも!お兄さんも、お久しぶりです」
カゲロウとは特に親しく、彼女と話す時は身分を忘れて可憐な笑顔を見せていた。お互い幼かったものの、私たちにも敬意を忘れずにいつも気を遣ってくれたことを今でも覚えている。
「ナデシコどの、祓串の鍛錬は進んでいるのか?」
「はい、少しずつ進んでいます。この前は叔父が暗夜からライブを持って帰ってきてくれたのです。カゲロウさんは手裏剣の方、いかがですか?」
「うむ。サイゾウどのの子息達にはまだ及ばぬが…まずまずだな。ところで、これがライブの杖か…」
興味深そうにライブの杖を見ている2人は親しそうで私達の入る隙は無かった。兄を見遣ると、彼も同じことを考えているのか視線は2人へと注がれていた。その目はいつもとは違う優しいものだったが、私はその意味をまだ知らずにいた。
その後カムイ様が暗夜王国へ連れ去られ、スメラギ王が逝去した白夜王国。
私達兄弟とフウマ公国の運命を狂わす出来事が起ころうとしていた。
第二話
別れの言葉を紡いだら
夢の中でもう一度会えるでしょうか
フウマ公国にかかる暗雲はさらに濃さを増しており、いつ火花が散るか分からない一触即発の状態になっていた。父に言われた通りに祓串を使う練習をし、仲間の軽い怪我であれば難なく治せるようにまでなった。
「フウマ公国はどうなってしまうのでしょうか…」
「ナデシコ様。このような時こそ、お気を強く持たなければ…」
「はい…そうですね。私が弱気になってしまってはお父様に顔向け出来ませんし」
臣下に励まされて自分を鼓舞するものの、ナデシコの神経は間違いなく磨り減っていた。常に気を張り詰め、いつ戦いが始まっても良いように常に周りを警戒して気の休まる時はなかった。
コタロウはどのように父を攻めていくのだろう。考えてみればこの城には知らぬ場所も多く、予め隅々まで見ておかなかったことを後悔した。その瞬間、臣下の一人が静かに刀を抜いた。
「そうですか。もう避けられないのですね」
目を閉じて耳を澄ますとかすかに聞こえるのは、廊下が軋む音。それは何者かがこちらに近付いているのを示していた。ナデシコは夏祭をきゅっと握り締めて、最後に祈りを捧げた。
「皆様が、この国が、民が、どうか無事でありますように」
その言葉を皮切りに、戦いが始まった。廊下の灯りは全て消されており、暗闇での戦いを余儀なくされる。ナデシコは手裏剣と刀の交わる音を耳に入れつつ父のいるであろう部屋へと足早に向かった。そして何故か光の漏れるその扉を開けると、そこには信じ難い光景が広がっていた。
「お…父…様……」
「ナデシコ、見てはならん!」
「どう…して……」
部屋に入ってナデシコが目にしたのは、玉座に座る父に突き刺さる手裏剣。流れる血。顔いっぱいに苦しみを浮かべる父。その周りにも、見知った顔が何人も血塗れで倒れている。サイゾウ様がその姿を見ないように体を呈して視界をふさいだが、ナデシコの脳裏にはその様子が鮮明に映し出されていた。
「お前達、ナデシコを連れて白夜へ戻るのだ!早く!」
「サイゾウ、何を言っているのだ。ナデシコはこの私の姪だぞ?何処にも行かせない。まだ私に説教を垂れるようであれば、お前も此処で藻屑となれ!」
ナデシコを庇って戦うサイゾウは明らかに不利であり、ナデシコ自身も自分が足でまといになっていることには気が付いていた。早くこの場を脱しサイゾウを助けねばと焦るも良案が浮かばず、ただその場限りで夏祭を振ることしか出来なかった。
白夜の忍たちは4代目サイゾウの言葉で周辺のフウマ兵と戦い、脱出を試みていた。
「ナデシコ、こちらに来い。此処でお前を殺す気は無い。飽くまでもお前は私の姪だからな」
「いや、渡さぬ!大公を殺したお前に誰がナデシコを渡すと思うか!」
「そのような姿でいい加減に見苦しいぞ、サイゾウ!白夜の上忍も落ちたな!ふん、やはり此処で死んでもらおう!」
サイゾウが長くないことは、混乱するナデシコの頭でも少しだけ分かっていた。この傷で白夜に戻れたとしても、治療が遅れて失血することは明らかなほど、負った傷は多かった。
そして、最後の避けられぬコタロウからの攻撃で4代目サイゾウは息絶えた。
虚ろな目で床に座り込むナデシコへコタロウが近づくと彼女の体に影が差し、叔父が目の前にいることを彼女に伝える。
「ナデシコよ。新しいフウマ公国の始まりだ。私がフウマ公王となり、暗夜王国に次ぐ国へと成長させる。お前はその様子をしかと見ておくのだな」
顔を上げてコタロウの表情を見て恐怖を感じたが、ナデシコの口からは何も発せられることは無かった。それは、彼女が言葉を失ったことを意味していた。
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