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隠れんぼをしよう、と言い出したのはナデシコの方だった。忍ならば相手に気づかれないよう気配を消さなければならない。幼い頃、彼らは訓練の一つだと会ってはそんな隠れんぼをしていた。
「では、次は私がナデシコさんを見つけますね」
「はい。隠れます」
静かな二人だけの隠れんぼはいつも淡々と進んだ。時にはスズカゼが見つからずにナデシコが涙声でスズカゼの名を呼んで、彼がそれを聞いて出てくることもあった。逆にスズカゼは必ずと言っていい程ナデシコのことをすぐに見付けていた。
ある一回を除いては。
あの日はどんよりと雲が厚く、今にも雨が降り出しそうな天気だった。スズカゼは空を案じながらナデシコのことを足早に探していた。
幼い頃から忍としての教育を受けている彼は、ナデシコの少しの物音や息遣いを聞き逃すことはなかったが、運悪く雨が降ってきてしまったのだ。
「ナデシコさん、雨が降ってきたので中止にしましょう!……ナデシコさん…?」
フウマ公女を助ける必要はなかった。それはフウマ兵の残党がカムイ一行との戦いにおいて停戦を申し入れたからであった。後の事はフウマ兵に任せておけばいいものの、スズカゼにとってはそうもいかなかった。
ナデシコの姿が見えないという事実が彼を不安にした。まさか彼女の身に何かが起きているのではないかと。
「一体どこにいらっしゃるのですか、ナデシコさん…!」
あの日とは違い、空は光を地上に届けている。それならばきっと見つかるはずだ。いつだってあっという間に見つけられたのだから…。焦る自分にスズカゼはそう言い聞かせた。
フウマの竹林は風に揺られ、さらさらと音を立てて彼を見守っていた。
「ナデシコさん、何処ですか?」
名前を呼んでも答えは返って来ることもなく、林の向こうへと吸い込まれるだけであった。スズカゼは掌を握りしめて、まるであの日のようだと思った。
「また貴女は…一人で泣いているのでしょうか…」
スズカゼがナデシコの姿を思い浮かべて足を止めようとした瞬間、林が開けて建物が現れた。こんな場所が前からあったことも知らなかったが、もしかするとフウマ公王によって作られた新しい建物なのかもしれない。不気味な雰囲気を称えるその建物へと向かってスズカゼは足を踏み出した。
下り階段にひゅう、と吹き込む風は紛れもなく明るい竹林の方から流れてくるのだろうが、此処に入ると途端に冷たくなり不気味さを強調していた。
スズカゼが静かに階段を降りると、そこには松明の灯りもなくただ暗い空間が広がっていた。
耳を澄ませば何か音が聞こえるのが分かった。しかし下手に声を上げてしまうのは危険だと判断して、徐々に闇に慣れてきた目を凝らした。かすかに動く人影のようなものを彼の目は捉える。
「ナデシコ…さん?」
それは紛れもなく、彼が探し求めていた人の姿だった。彼女はゆっくりと彼の声がする方を向いた。
「貴方は…スズカゼ…さん?」
スズカゼはその声に急いで鉄格子の扉を見つけ、護身用の短剣で鍵を粉砕して中へと入った。彼女はどのくらいこの中にいたのだろう、すっかり冷たくなっていた。
「ナデシコさん…良かった…。ようやく見付けました…」
「スズカゼさん…本当に、スズカゼさん…ですか?私は夢を見ているのでしょうか…?」
「夢ではありません。ナデシコさん、私です。ずっと探していました。貴女の姿を……。本当に無事で良かった…」
スズカゼに縋りつくナデシコは震えていて、大きい瞳には涙が溜まっているようだった。彼はその姿に胸が締め付けられた。彼女の恐怖や苦しみがどれほどのものだったのか手に取るように伝わってくる。
彼は迷いを捨ててナデシコの小さい肩を抱いた。冷たくなった体温と小刻みに震える体。彼女が感じていた不安を全身で感じた。
「スズカゼさん…、私は…」
「もう心配ありません…私がいます。側にいますから…」
遠ざけられた時間は彼らの障害にはなり得なかった。むしろ二人をより強く結びつける要因となり互いを想い合う気持ちが溢れる。スズカゼはナデシコが一国の姫であることを分かっていながら、その想いを留めることは出来なかった。
「怖かったんです…真っ暗になって、雷が鳴って、何も聞こえなくて…」
暑い雲に覆われたと思ったら急に土砂降りの雨が降ってきた。スズカゼは急いでナデシコの姿を探したが、雨と雷の音でなかなか思うように見つからず、フウマ兵まで駆り出す羽目となった。
「ナデシコさん、何処ですか…?」
いくら呼んでもその声は雷と降りしきる雨にかき消される。スズカゼは必死にナデシコを探しに走った。居そうな場所は全部確認した。一体どこへ隠れたというのだろう、この雨が分からない場所だろうか、それとも一人で雷に怯えているのだろうか。
最後の砦と言わんばかりにスズカゼが離の見張り小屋を除くと、そこには膝を抱えて震えるナデシコの姿があった。
「良かった…ナデシコさ…」
「す…スズカゼさん…っ!!」
「ナデシコさん…?」
彼に縋るナデシコをスズカゼは優しく抱きとめ、雨に濡れて冷えた体を寄せあって温めた。雨が小降りになってから無事に本殿に戻った二人はナデシコの父にこっぴどく叱られるのだが、過ごした時間の甘さのせいで厳しい言葉も飴玉のように弾けてしまうのであった。
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