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カゲロウは自分を責めていた。捕らわれたのが自分で無ければ、ナデシコは助けに来なかったかもしれない。自分に力が無い故に巻き込んでしまい、苦しい思いをさせているに違いない。必ず助けると言った時の顔を思い出す。
彼らの心の内と裏腹に晴れ渡る空をカゲロウは眩しそうに見上げた。サイゾウはスズカゼの姿を探しに姿を消した。
「ナデシコ殿……何があったというのだ…」
「大丈夫じゃ、カゲロウ。天は味方するぞ」
「オロチ……」
「お主が無事であって、妾は安心した」
眉を下げてオロチはカゲロウを鎮めた。彼女も捕らわれていたというのに、友を心配するあまり自身のことを省みない。オロチはカゲロウの肩を叩き、軍の皆が揃う場所に戻るよう促した。
スズカゼは涙の跡の残るナデシコを腕に抱えて例の建物から外の世界へと足を踏み出した。こんなにも明るかっただろうか。
あの部屋は外界から遮断していて、風に揺れて竹が鳴る音すら聞こえなかったことにスズカゼは驚いた。
ナデシコはスズカゼに会えたことへの安堵からか、気を失っている。彼は腕に抱えるそんな彼女を愛しげに見つめた。
「本当に、良かった。貴女を救えて…」
「スズカゼ!…無事、だったのか。フウマ公女は…。」
「兄さん…。はい。今は気を失っているだけです。外傷もありませんし、おそらく此処に閉じ込められていただけでしょう」
「…そうか。その女には聞きたいことがある…。山ほどな」
そう言ってサイゾウはスズカゼに着いてくるよう促し、先を歩いた。ナデシコの涙の跡は見なかったことにしようと決めた。彼女には後にも先にも父のことを聞かねばならないのだ。
サイゾウはふっと息を吐いて視界に広がる優しい緑色の竹林を恨めしげに睨んだ。
「サイゾウ、スズカゼ!ナデシコ殿は…無事なのか?」
駆け寄ってくるカゲロウやオロチの声でナデシコはゆっくりと目を覚ました。そして自分を囲う白夜の面々で、本殿に戻ってきたことを知る。澄み渡る青い空と、心配そうに覗き込むカゲロウの表情が瞳に映る。
生きている、彼女も、自分も。
ナデシコはカゲロウへ手を伸ばして微笑んだ。
「カゲロウさん…ご無事で、良かったです…」
「何を…!ナデシコ殿こそ、本当に無事で良かった…!」
親しい旧友の瞳が切なげに揺れ、黒い髪がさらりと肩から滑り落ちた。ナデシコは変わらない彼女の姿に安心してもう一度ゆっくりと瞬きをした。
体を起こすのにはカゲロウとスズカゼが付き添った。きっとここまで大切にしてくれるのも、ここまでなのだろう。ナデシコは根拠もなく、そう予期していた。
「サイゾウさん、お話したいことがあります……。スズカゼさん、貴方にも…」
「しかしナデシコさん、無理をしては…!」
「スズカゼ。この女が言い出したことをなぜお前が止めるのだ。話せ、全てを…!」
ナデシコは彼らに真実を語る気はなかった。誰もいない玉座が、彼女の心に影を落としていたからだ。叔父はナデシコへと酷い仕打ちをしたが、彼女にとって最後の、たった一人の家族だった。その人が、彼らによって命を奪われた。まるで敵討ちをされたかのようだと彼女は感じたが、その気持ちは胸の奥へとしまいこんだ。憎まれて当たり前のことをしたのだ、彼は。そして、次にその罪を背負うのは自分だ。
亡き叔父に罪をなすりつけるなど、誇り高きフウマの民がすべきことではないのだ。彼女は震えて言う事を聞かない足をただして、肺に空気を満たし、言葉を風に乗せた。視線は真っ直ぐ、スズカゼとサイゾウを捉えていた。
「あなた方のお父様の命を奪ったのは、私です」
ナデシコを取り巻く人々の息を呑む音が彼女の耳を掠めたが、彼女の意識は再び主のいない玉座へと向けられた。
―叔父様。貴方のことは私が許しません。一生かけて、貴方を憎むでしょう。ですから、その罪を私にください。私が彼らの憎しみを受け止めます。それがフウマの民として、姪として、貴方に出来ることです。
ふわりと彼女の髪を攫う風は、叔父がその答えを伝えているようであった。
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