―いいか、ナデシコ。フウマの民とあらば、嘘をつくことは許されない。どんな身分の者に対しても、誠実であるのだ。破ってはならぬ。
―はい、お父様。誓います。
―うむ。それでこそフウマの公女だ。背を正し、他国に恥じないように、漬け込まれぬようにするのだぞ。
―お父様、心配なさらずとも私は大丈夫です。皆が付いてくださいますから…。

ナデシコの父は信頼出来る臣下達を娘の元に置くようにしていたため、彼らは忠誠心が深く、ナデシコのことも大公へと同じように敬ってくれた。
父と取り巻く臣下の強さに甘えてしまえたのだろうか、ナデシコは心優しい人間に育った。自分をどんなに傷付けても他人を思いやるほど、心優しい人間に。



第十六話

真っ直ぐな心の嘘
苦しみが渦巻く胸中




彼女から発せられた言葉は兄弟にとって予想外のものだった。彼らの父の命を奪ったのはコタロウで間違いないはずなのに、なぜ今更嘘をつく必要があるだろうか。スズカゼが隣で言葉を失う兄を見ると、彼もまた自分と同じことを感じているのだと確信した。

「ナデシコさん…それは、一体…」
「…ふざけるな…!父を殺したのはあのコタロウという男だ!あの男が俺にそう言った!そして、お前もあの時…!」
「サイゾウさん」

兄の名を静かに呼ぶナデシコの声は、すっかり落ち着いており先程まで憔悴していたとはまるで感じられなかった。そして兄が言う“あの時”とは?スズカゼは心のざわめきを感じつつ、次の言葉を待った。

「叔父が何を言ったのか、私の知るところではありません。しかし私の言葉も真実です。お二人のお父様は…私が殺したのです」

ナデシコは同じ言葉を繰り返した。スズカゼが悩みに悩んで口を開こうとした瞬間、隣の兄が先に発言した。

「何の為にあの男を守るんだ!貴様、父の死を弄んでいるのか!?」
「兄さん、落ち着いてください…!」
「憎むなら、私を憎んでください。それでもあなた方の苦しみや悲しみが消えることは無いでしょう。それでも、少しだけでも、私を憎むことで和らいでくれたら…」

コタロウを亡き者にしてもなお、彼らの憎しみや悲しみが消えることは無い。そしてその気持ちに苛まれることだろう。ナデシコは彼らの気持ちが誰よりも理解出来た。それは彼女の最愛の父が叔父の手にかかり、その一部始終を目撃してしまったからに他ならない。

強い眼差しに、スズカゼはその真意を探そうとしていた。何故、今更自分を憎めと言うのか。フウマ公王には兄が敵討ちをしたというのに。
悲しいまでに真っ直ぐな視線がふっ、と逸らされた瞬間、スズカゼは彼女の弱さを見つけた。

「ナデシコさん。私たちが貴女を憎むことは決してありません。貴女が彼と血が繋がっていても、貴女はフウマ公王ではありません。貴女は、ナデシコさんです」
「スズカゼ…さん…?」
「誰よりもフウマ公国を大切に思い、誰よりも苦しんできた貴女のことを…これ以上傷付けるなんて…そんなことは出来ません」

スズカゼの言葉にナデシコは涙を落とし、サイゾウは怪訝な顔つきで弟を見た。
苦しい時、彼女はどうしていたのだろう。誰にその苦しみを打ち明けられたのだろうか。いつも守られてばかりで、迷惑をかけたくないという一心で勉学に努めていたのではないか。スズカゼは幼い頃、ナデシコの見せた笑顔を思い出した。

「スズカゼ、さん…」

大粒の涙がナデシコの頬を伝う。真っ直ぐな瞳は先程とは違う思いを湛えてスズカゼを映していた。

その様子を見てサイゾウがスズカゼの表情を伺うと、彼は静かに頷き、ナデシコの言葉が事実でないことを伝える。もちろん彼はその瞬間を見ていないのだが、彼女は殺していないと確信していた。
サイゾウも同じことを思っていたのだが、弟に諭され居心地が悪くなりナデシコへ一つ視線を落としたあと背を向けていった。



忘れたくて、記憶を塗り替えたくて、苦しくて、それでも現実は変わらなくて、ナデシコはその辛さで声を失い、悲しみも共に失くした。否、失くしたつもりだった。

「あ…私…泣いて……」
「ナデシコさん、どうか一人で苦しまないでください…」

スズカゼの優しい声が穴の空いた心を撫でた。すり抜ける優しさを捕まえようとしても、体が動かない。心が固まってその優しさにすがりつくことが出来ない。
失くすのが怖くて手を伸ばせない。もしこの人が消えてしまったら、また一人ぼっちになってしまう。

甘えてはいけない。私はこの国を治めるべき人物にならなくてはいけない。父がそうであったように、私も強くならなければ。でないと、またフウマは弱くなってしまう。私が強くないと、強くあれば、きっと……。







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