無機質な恋




その言葉は戦場に似つかわしくないおかしな内容でクレーべは顔を顰めたが、彼女はそんな彼の返事を待っているのか、最早答えなど聞く気もないのか、飄々とした表情で道の向こうの帝国との国境を見つめていた。

「クレーべは、この戦争を早く終わらせたいと思ってる?」

そう言われたのが、数刻前の話。呆気に取られたクレーべは未だ返事をすることなく、ちらりと彼を見たきり視線を寄越さない名前の横顔を視界に入れて考えて込んでいた。彼女がそんなことを聞いてきた真意を、理由を。
元より不思議な人物ではあったのだが、こうして当たり前のことを聞かれると困るな、とクレーべは苦笑いを零した。

「知らないよ。クレーべが何を考えてるか、なんて私には分からない。ただ、あなたはまだアルムのことを認めてない。そう思ったから」
「そう…見えるのか?」
「さあ?私だけじゃない?」

ふふっと怪しげに笑う彼女。まるで心を見透かされたようだとクレーべは頭を掻いたが、まさか自分の言動が彼女にはそう見えているのだろうか、ともう一度思い返そうにも、やはり事実を知ってしまった後の行動はそれに等しいものがあるのかもしれない、とクレーべは自身を省みたが今更どうにかなる問題でもない、と息を吐いた。

「名前、そう言う君はどうなんだ?」
「…クレーべには、どう映ってる?」
「難しいことを聞くんだね、本当に…」
「そんなことない。あなたが思ってることを教えてくれればいい。私は嘘つかないから、全て正直に答えるよ」

なんて真っ直ぐな瞳なんだ、とクレーべは名前の視線を受け止めた。この混沌とした世界を見てもなお、なぜこんなにも美しい濁りのない瞳をしているのか。そんな疑問を抱えながらも彼は名前に持つ印象を語った。
何を考えているか分からない、と。
すると彼女はずいっと顔を近づけてクレーべの瞳を覗き込んだ。

「な、なんだい…?」
「嘘。クレーべは私をおかしな人だと思ってる。このまま戦争が続けばいいと思ってるんじゃないかって、でもそれを言うのを恐れてる」
「そんなことは…!」
「私は嬉しいの。こうして色んな人と、色んな地を見られることが。アルムは絶対にこの世界を変えてくれるよ。それを近くで見られるのが嬉しいの。ただ、それだけ」

名前はクレーべから離れてにっこりと笑った。そこまでアルムを信じる動機を疑いつつ、彼女の行動の真意を探ろうとしたが、笑顔で全て誤魔化された気がする、と彼はため息を吐いた。
自分のことを信用している言葉も、解放軍の皆を思いやる行動もない。気ままに動く彼女は、アルムだけを信じて此処に居るのだろうか。名前の言動は更にクレーべの頭を悩ませた。

「私には難しすぎるな、君という人を理解するのは」
「クレーべは考えすぎ。信じたい人を信じればいいの。アルムを信じられないのなら、私を信じてみて」
「君を、か?」
「私はこのバレンシアが好き。この世界を守りたい。その為に出来ることなら何でもしようと思ってる。だから、迷った時は私を信じて一緒に戦ってよ」

ね?と念押しする名前の言葉は瞳と同じく真っ直ぐで、クレーべはふっと笑みを浮かべた。私を信じて、などと自分は皆に明確に言えるだろうか。いや、きっと言えない。彼女の透き通った瞳で見る世界は、どんなに美しく映っているのだろうか。荒廃する王国を見てもなおこの世界が好きだという彼女は、どんな気持ちで戦っているのだろうか。

「私の負けだ、名前。君は私が思った以上に策士のようだね」
「策?」
「ああ、君にとってはそうではないのかもしれない。だが、私にとって君の言葉は…とても響くものがあったよ」

もう少し私が若ければ、マチルダと出会う前に君と出会っていれば、惹かれていたかもしれない。名前という眩いばかりの光に。