初めて降り立った別大陸は、バレンシアとそう大差なく、ソフィア解放軍は自分たちの生きてきた世界の狭さを実感していた。フリアの港で各々がテーベの迷宮へ向かう準備をしていると、名前は先日合流したアルムと共に旅をしていた少年の一人の姿が見えないことに気がついた。
彼は不思議な人物で、彼女が先に出会ったボーイやカムイ、レオといった男性陣と違い年齢の割に非常に落ち着いており、戦いに向ける視線に込められた思いが何なのか気になっていたのだ。

「ボーイ、あの…クリフ見なかった?」
「クリフ…って……ああ、あいつか。見てないけど、なんか用か?」
「ううん、用があるとかじゃなくて…」
「クリフなら、さっき向こうに行ったよ?ボーイったら、すれ違ったのに見てなかったの?」

ボーイに話しかけると、メイが港の外れを指差して教えてくれた。そうだったっけか、と彼はうーんと悩んでいたが名前は二人に礼を告げてメイの差した方角へと歩き始めた。こんなところに何の用があるのだろうと思いながら辺りの路地を一つ一つ注意深く見回るように歩いていると、その路地の先に光るものが見えて名前は細い道に入っていった。

「あれ、見えたと思ったんだけど……」

指輪のような小さな光があったと思われる場所には何も無い。おかしいと思って少し戻ってからもう一度目を凝らして見ると、それは地面に埋まった髪飾りであった。女性物で、さほど古さもないが塗装は一部剥げており、数回人に踏まれた様子が見て取れた。
魔道の指輪でも拾えれば、と過ぎった思いをぶんぶんと頭を振って吹き飛ばすと、名前は路地から出て再び振り向き、髪飾りを見つめた。

誰かの贈り物だろうか、何か悲しい思い出が詰まっているのだろうか、それとも……

「何してるの?」
「ひゃあ!ク、クリフ……!」
「ごめん、驚かす気は無かったんだけど」
「こ、こっちこそごめんね…!びっくりして…!」

狭い路地の向こうを興味津々に見つめる名前を見つけ、クリフは声をかけるか迷っていた。それは彼女が、あの時と同じ表情で地面を見つめているからに他ならなかった。
セリカと行動を共にしていた彼女とクリフの面識はない。すぐに軽口を叩くグレイやロビンと違って、彼は女性に声をかけることも少なかったし、アルムと共に戦った彼らと話すこともそう多くはない方だった。
そんなクリフと名前が接点を持ったのはひょんなことからであった。

「ん?何だろう、これ…」
「グリモワール。魔道の指輪だよ」
「えっ…?」
「聞こえなかったの?」
「あ、ううん……そう、なんだ…魔道の……」

アルム率いる解放軍とセリカ率いる舞台が合流した後、武器を保管する場所に向かった名前が見つけた指輪。疑問を素直に口にした彼女に対して答えを授けたのが偶々そこに居合わせたクリフだった。そして名前がその指輪をしげしげと見つめていると彼もまたその指輪へと視線を投げているのが分かったので、彼女はグリモワールをクリフへと渡した。

そこから二人は顔を合わせれば挨拶をしたり少しだけ話もする仲になり、戦いの最中も名前は彼の色素の薄い髪を目で追うようになっていた。

「で、何してるの?」

はあっとため息を吐かれて名前がはっとしてクリフを見上げると、彼はいつも通りの表情で彼女を見つめていた。

「あ、あのね、あそこに見えるの…なんだろうって思って…」
「ん?どこ?」
「路地の中の、ほら、ちょっと光ってる…」

名前が指をさすと、クリフは彼女の身長に合わせて頭を低くして目標をじっと見つめていた。初めて近くで見る彼の整った顔立ちに、名前の頬に紅が差す。彼の顔はその辺の女の子よりもずっと可愛らしく美しいのは理解しているつもりだったが、近くで見るとそれがより一層感じられた。

「僕の顔に何かついてる?」
「ち…違うの!えっと、その…」
「まさか名前、見とれてた?」
「く、クリフ!」

ふふっと悪戯に笑うクリフに対して顔を赤らめて抗議しても意味は無く、彼は楽しそうに冗談だよと名前の頭を軽く叩いた。

「髪飾り、確かにグリモワールに似てたね」
「え…?」

そろそろ行こう、と急かされて彼の背中を追う。
グリモワールに似ていたという言葉が何を差しているのか名前には分からなかったが、自分が渡した指輪のことを覚えていてくれているのは確かだ、と彼女は彼の背中越しに小声で感謝の意を呟いた。