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昼下がりの書庫にて、あっと目を瞑ったが時すでに遅し、積み上げた本がこちらになだれ込んできた。バサバサと大きな音を立てて倒れてくる本によって私は悲鳴をあげてあっという間に飲み込まれた。
「痛った…うー…やっちゃった」
「名前!大丈夫か!?」
「エ、エフラム様!?ど、どうしてこちらに…!」
「どうしても何も、悲鳴が聞こえたから来たんだ。それにしてもこれは…酷くやられたな、名前」
足元に落ちている戦術の本を拾い上げて彼は笑った。ああエフラム様に本まで拾わせてしまって申し訳ない。この方はこの国の王子様だというのに、私ったら何をさせてしまっているんだか。
その姿まで優美で…と見とれていた頭を振って私も本を片付けた。
それにしてもすごい数だなと呟く王子に、どこまで読んだか分からなくなってしまったと伝えると、彼は驚いて私を見た。
「まさか、これを全部?」
「はい。私もいざという時にお役に立ちたいですから」
「いや…君を戦いに巻き込むつもりはない。その時はここで…」
エフラム様はきっと私を思ってそう仰るのだろう。だが、私とてルネスには恩があるので簡単には引き下がるつもりはなかった。エイリーク様より体力もない、決して戦いに向いてはいないが戦術だけは身につけた。
「それはお断り致します。私も必ずエフラム様と共に参ります!その為に今もここにいるのです」
「…君には待っていて欲しいんだ。俺と、エイリークを」
「エフラム様、今回は私も譲りません。戦術は学びました。これから杖か魔法を学び、戦えるように致します。それなら…」
「…はぁ…珍しく頑固だな、名前。昔は俺の言うことは聞いていたのに」
両親が病死し、没落した私の家を救ってくれたのがエフラム様のお父様であるファード様だ。私はその悲しみを乗り越え、王宮に置いていただいた恩を返すためにここで働いていたが、それでは足りないと感じていた。
「それと、名前」
「はい、エフラム様」
「そろそろ“様”は無しにしないか?」
「えっ…」
彼が何をもってそう仰るのか私には分からなかった。そもそも階級は私の家の方がもちろん低く、もしパーティーなどで出会ったとしても、私が敬称を付けて呼ぶのは自然なことだ。
「君は俺の臣下ではないし、むしろ友人だ。ずっと言おうと思っていたんだが、こんな時になってすまない」
「そんな…私は居候です…。エフラム様と同等に扱われることなど…」
「居候なんて思ったことないぞ?それに、その呼び方は壁を感じるだろう?」
壁。それは私がずっと作り上げてきたもの。私はルネス王国に帰属する一派に過ぎず、ルネスの騎士達には“お嬢様”と呼ばれても、エフラム様とエイリーク様とは違うのだと、自分に言い聞かせてきた。
それを、なぜ壊そうとするの?
「いえ、そんなことは許されません。どうか呼び名はこのままにしてください」
「ここは俺も引き下がるつもりはない。君から“様”付けで呼ばれる時は返事をしないことにする」
「そ、そんな!エフラム様…!」
言われて間もなく敬称付きで名を呼ぶと、彼は私を一瞥しただけで返答に応じてはくれなかった。
頑固なのはどっちなんだか。私は目の前の王子様を一睨みしてため息を吐いた。
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