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太陽が昇らない暗夜王国で過ごす日々は彼らにとって不思議な体験で、簡単に慣れるものではなかった。何もかもが故郷の世界とは違う。共通するのは竜のことだけか、と昔の忌々しい記憶を払拭するようにアズールは頭を振った。
「マークス様、何かお手伝いすることはありますか?」
「いや、今日はもう十分だ。お前も休め、ラズワルド」
承知しました、と主君であるマークスに一礼して背を向ける。暗い空はまるであの日のように苦しい過去を思い出させるから嫌いだ、と彼は足早に自室へと入ろうとしたが、ふと彼女の姿が見えて自然とそちらへと足を向けた。
「名前」
「え?あ、アズール…。ダメだよ、その名前で呼んだら…」
「良いでしょ、今は僕達2人なんだからさ」
ちょっと話そうよ、と彼が誘うと名前は頷いて彼の隣へと並んだ。この国は何処を見ても暗い空に覆われている。食物も育ちにくく、兵力だけが上がり、野心家の王が他国に攻め入っている。
関係ない、といえばそれまでなのだが、素性の明かせない彼らも今は暗夜王国の国城兵として働いている。生きるためには従う他なかった。
「どう?暗夜の暮らしは慣れた?」
「うん…。戦争してるとはいえ、ずっと平和だもん。アズールは、どう?」
「僕は……どうだろう。分からないな。でも……どんなに苦しくても、戻りたいって思うよ」
そう言って目を閉じるアズールの表情を名前は見つめた。暗くて苦しくて絶望しかない世界だけれど、仲間を捨てることなんて出来ないよ、と彼は再び言葉を続け、足元に落としていた視線を真っ直ぐ前へと移した。その瞳は力強く、名前には彼が遠くなっていくように感じた。
「アズール、あの…」
「ん?何?」
「セレナも、ウードも、一緒に…戻れるよね…?きっと、また…みんなの所に…」
「当たり前だよ。僕らは元より此処に生きるべきじゃない……。この戦いが終わったらきっと戻れる。そうじゃないと、此処に飛ばされた意味もわからないしね」
こんなに強かっただろうか、と名前は彼の横顔を見つめた。セレナを始めルキナやデジェルなど、強い女の子達に囲まれているから気付かなかっただけなのだろうか。それとも。
そう、きっと彼は強くなったのだ、と名前はその凛々しい横顔から視線を外した。私は変わらず弱いままだ、と非力な自分が悔しくて目を閉じた。
「ねぇ、名前はさ…」
「ん…?」
「…ごめん、やっぱり何でもない…」
アズールの真っ直ぐな瞳が自分の顔を映した瞬間にふいっと逸らされる。情けない顔をしていたな、と彼女は自身の表情を思い出して静かに息を吐いて目を閉じた。いつだってアズールは笑顔を絶やさなかった。この世界でも、元の世界でも。だからこそ自分も自分でいられたのだろう、と名前は彼の存在の大きさを感じた。
「あ、あの、アズール…。私ね、」
「うん」
「頑張る。皆で、帰れる日が来るように。帰った先でどんなに苦労するとしても…。やっぱり、帰りたいって思うから」
「名前がそう言うなら、きっと大丈夫だね」
にこりと笑って名前の頭を撫でるアズールに、どういう意味?と問いかけても彼は答えなかった。ただ笑顔で撫でられるのも擽ったくて、名前は誰かに見られるよと彼の手を退けようとして身を反らすと、逆に彼にその肩を引き寄せられた。
驚いたのも束の間、彼女の体はアズールの腕の中にすっぽりと収まっていて抵抗することを許さないように強く抱き締められていた。
「名前…。僕が必ず君を守るよ」
「あ、あの、アズール…!?」
「らしくない、よね…。はは、どうしたんだろう…。ごめん、忘れて」
彼の体温と感触が消えない。胸が広かったとか、腕が力強かったとか、今は顔を見せないようにそうやって後ろを向いて、そんなのずるい、と彼女は顔を背けたアズールの背中を見つめた。
必ず守るなんて、今まで冗談でもそんなこと言わなかったのに。お願いだから、そんなこと言わないで。
名前がそう言って触れた彼の背中は温かく、ごめんという優しい声が彼女の心を包んだ。
「一緒に帰ろう、絶対だよ」
日が昇らない世界に生きる2人の頭上には、美しい光を湛えた星が故郷と同じ輝きを放っていた。
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