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あの方の背中が大きく見え始めたのは、いつからだっただろう。主君と臣下、今までは守る立場だったのに、戦いが進んでグラドへ近づくにつれて背中を見ることが多くなった、と名前はフレリア王子の後ろ姿を見つめた。守るべき主君のため身を呈して戦うのが臣下であり兵士である自分の務めだと何度進言しても却下されるので、そのやり取りに無意味さを感じ始めた名前は、彼の背後に忍び寄る敵を倒し続けていった。
「ヒーニアス様!」
「名前、無事か」
「はい。何も問題ありません」
続々と湧き上がるように現れる魔物に彼らは背中を合わせて戦っていた。向こう側に目を向けると、ルネスやジャハナの王子達が魔物に対し応戦しているのが視界に入る。助けを呼びたいのは山々であったが、分散して戦うという指示の元で小隊に分かれているので、聖女を呼びつけることも叶わない。
名前がため息を吐いて目の前に迫ってきたスケルトンを一撃で沈めると、彼女の足元に赤い斑点があることに気がついた。
知らず知らずのうちに切り傷のようなものを負ったのだろうか、と確認するも特別な大きな傷は見当たらない。嫌な予感がしてヒーニアスを見ると、彼の服の腕部分の色が変わっているのが分かった。
「ヒーニアス様、その腕は…!」
「構わん。今は目の前に集中しろ」
「そんな…!ここは私一人でも戦えます。どうか後方に…」
「私の言葉が聞けないのか?」
鋭い視線を寄越され名前は言葉を詰まらせた。彼は気丈に振舞っているだろうが、失血が多いと次の戦いに支障が出ることが容易に想像できる。彼女は魔物の様子を見ながら自身が腰に纏っていた布を口ちぎって彼の腕へと巻き付けた。
「何をする…!」
「このままではヒーニアス様が戦えなくなります!大人しく従ってください!」
「名前……」
「その代わりに…魔物、倒してくださいね」
少々強引だっただろうか、と布の端を口に加えて処置をしながら主君の顔を見上げると鋭い視線で辺りを見回す表情が目に入り、名前は心が温かくなるのを感じて早急に手を動かした。
真面目で不器用なフレリアの王子も、隣国の王子のように無茶をするものだ、と彼女は青い髪を靡かせて槍を振るう彼の姿を思い浮かべた。
「ヒーニアス様、終わりました」
「ああ…助かった。名前に貸しを作ってしまったな」
「私は貴方の騎士ですから、当然のことをしたまでです」
「…当然、か」
ふっと笑う彼の言葉に名前は首を傾げたが、ヒーニアスはそんな彼女を見ないフリをして近くまで迫ってきていたガーゴイルへと矢を放った。痛みと圧迫感はあるが戦えないことはない、とヒーニアスが手の感触を確かめると、背後でモーサドゥーグが倒れる鳴き声が聞こえた。
「後ろか…!」
「湧いたように出てきます。直進して本隊と合流しましょう。このままでは共倒れです…!」
「そうだな。名前、私が先に行く。お前は背後を守れ」
「ヒーニアス様、私が前線に出ます!」
傷を負った弓使いの主君を壁にして進むなどフレリアの騎士として恥だと思って名前は進言したのだが、彼の自尊心を傷つけてしまったようだった。むっとした表情で睨まれたが、彼女も手負いの主君を守るべく譲れないと強くその瞳を見つめ返すと、ヒーニアスはため息を吐いて名前の肩へと手を置いた。
「くれぐれも無茶をするな。良いか」
「はい。必ずお守りし……」
「名前!」
その瞬間、ヒーニアスが名前の肩越しに弓矢を放った。彼女が振り返った時は既にビグルが地面にひっくり返ってその命を終えようとしていた。咄嗟に謝罪をしようと主君の方へと向き直ると、ヒーニアスは名前の双眸を真っ直ぐに見つめており、頭に浮かんでいた言葉はそのシャンパン色の瞳に吸い込まれて消えていった。
「ヒーニアス…様……」
「しっかりしろ。お前の力なくては此処を切り抜けん。行くぞ!」
「っ…はい!」
平和なあの頃は完全に名前の方が優勢で、こんな風に守られるなんて考えられなかったのに、と彼女は力強く矢を放ったヒーニアスの姿を思い浮かべていた。完璧主義な王子のことだ、いつか自分の力を必要としなくなる時が来るかもしれない。それまではどうかお側に居させてください。そんな願いを込めて名前は目の前に迫り来るマミーへ攻撃を仕掛けた。
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