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リオンが変わってしまってから、名前の周りも大きく変化した。ノールを始めとした闇魔道士達は投獄され、彼女も皇帝付きという枠から外された。リオンが名前たちを排除してから何をしていたかは想像に難くない。聖石の力でグラドの民を救おうとしていた心優しい王子がヴィガルド様の蘇生から段々と壊れていってしまったのは周知の事実だった。
元より昔から名前は他の賢者からさほど好かれていなかった。『皇帝の犬』などと裏で呼ばれることも彼女自身知っていたし、実際に嫌がらせをされることもあった。理魔法を操る賢者が闇魔道士達とともに研究に勤しむなどそれこそ理に反することであったのだろう。それでもこうして皇帝付きの任務を真っ当出来たのは協力者である闇魔道士の存在が大きかったのだと改めて思った。
「どうかされましたか?」
「いえ…ただの考え事です。ノールさん達のおかげで、私は今此処にいます。いられるのです」
隣の彼の表情を窺おうとも、深く被ったフードにより顔が見えない。リオンの変貌にいち早く気付いたのは、紛れも無く彼らであった。今までリオンは名前やノールの助言を聞き入れることなく研究を無理に押し進めることはなかったが、あの時からそうはいかなくなった。記憶の中のリオンはいつも穏やかだったが忘れもしないあの瞬間の冷たい表情を思い出すと今でも背筋が凍る思いがする、と名前は目を閉じた。
『リオン様!もうお止め下さい!』
『名前は…僕のやることが間違ってるって言うの?』
『……しかし…!』
『君の言いたいことはわかるけど、これは世界を救うためだよ?』
それは有無を言わせない強い言葉で、彼女たちの知らない表情だった。名前はリオンの変貌ぶりに驚きながらも、その圧力に思わず首を縦に振ってしまったのだ。この事実が今の悲劇に繋がるとも知らずに。
「もう、全て過去の話です」
「ノールさん…」
「誰も貴女を責めたりはしません。それは最早、結果論に過ぎませんから…」
「それでも、私はその事実を忘れ去ることは出来ません」
名前の言葉に、ノールは驚きを交えた反応を見せた。彼はきっと名前が自身を責めて苦しい思いをしているのだろうと考えていたが、彼女の口調からしてどうやらそうではないらしい、というのを察した。無論名前とて、あの時に強く否定すれば魔王にも打ち勝てたのではと考えることは常にある。優しいリオンの心の弱味に漬け込んだのだと気が付いていれば、救えたのではないかと。だが、いかに聖石が力を持っているとはいえ時間を戻すことは叶わない。それはリオン自身がヴィガルド皇帝の蘇生の失敗で証明してみせた。
「たった一つの行為で一人の人間が滅んでしまうのならば、私はその罪を喜んで背負います」
「……それでは、私もその罪を共に背負いましょう」
ノールが何を思ってそう言ったのか名前には理解が出来なかった。彼女が返事の代わりに沈黙を選ぶと、その意向を汲み取ったのかノールは続けざまに口を開いた。
「貴女は、私たちの光ですから」
「光…?」
「研究に没頭していた我々を照らしてくれたのは、いつも貴女でした。我々の間違いを指摘し、道へと正してくれました。いつだって、変わらない光です」
名前は何も言わず彼の言葉を耳に聞き入れた。まるで昨日のことのように、過去の情景が思い浮かんでくる。リオンの楽しそうな表情、闇魔道士達の充実した表情、上手くいかなくて全員で試行錯誤して。たくさんの思い出がグラド城には詰まっていた。
賢者達からは煙たがられていたが、まさか闇魔道士達からそんな風に思われているとは知らず、名前は俯いて彼らの存在を思い返した。
「名前さん、お願いがあります」
「何でしょうか?」
「私の道を照らしてくださいませんか?」
それがどういう意味なのか、名前は理解しかねた。リオンの代わりになれということなのか、それとも彼なりに想いを伝えてくれているのか。何れにしても、今直ぐに答えを出すのは難しい問いだった。
「それは…どういった意味で?」
「……すみません、やはり忘れて下さい」
「ノールさん…!」
足早に立ち去ろうとする彼のローブの袖を掴んで引き留めた。先程よりも驚いた顔をした彼にかける言葉などを考えているはずもなく、振り返ったノールに寧ろ名前の方が慌ててしまってすみませんと謝って手を離すと、そんな彼女を見たノールはくすりと笑った。
「すみません…その…私…」
「貴女が動揺するなんて…珍しいですね」
「いえ…ノールさんこそ、笑った顔…久しぶりに見た気がします」
「そう…でしょうか?」
すると彼は再び微笑んでから名前に話の続きを促したが、彼女は言葉を詰まらせた。きっとこれは今話すべきではない。生き残れる保証もなければ今後のグラドがどうなっていくのかも不明瞭で、曖昧なことは言いたくなかった。戦いに生き抜いた後にもう一度すれば良いか、と思い直して本当に何でもないです、と言うと彼はくるりと反転し名前に背を向けた。
「…では、もう行きましょう。この場所は…魔物が出やすいですから」
「ええ、そうですね」
彼の道を照らす、その意図は名前には分からず終いではあったが幸運にも戦いの最中はルネスの王女が指揮する軍に共に所属し、同じ道を歩いていける。照らしているとは言い難いが、きっと同じ方向を向いているはずだと彼女は思った。
彼の道を照らすのはその後になる。グラドはきっと今回の戦いで大きく傷を負うだろう。リオンがこの先どうなるかも分からない上、もし仮に生き残ったとしても彼が背負う代償は余りにも大きく、1人で全てを抱えて生きていけるとは到底思えない。グラドの進む道とノールの道を照らすために生き抜かなければ、と名前は自然魔法の魔道書を握り締めた。
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