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星の輝きが増していくことで雲が晴れ、空気が澄んでいくのがわかる。1年に1度しか会えないという星の神は出会えているだろうか、と名前が天を見上げると隣に誰かが腰掛けるのがわかってそちらへ視線を向けた。
台地を照らす月明かりは雲に隠れることなくその存在を明らかにした。名前は風が木々を揺らす音を耳にしながら、きらきらと揺れる金髪に目を奪われた。
「どうした?」
「…いえ、何も……」
「知っているか?今日は七夕という日だそうだな」
「ええ、私も聞いたわ」
それはユグドラル大陸では聞いたことの無い行事だった。織姫と彦星の物語を聞いたのは初めてであったが、1年に1度会えるのならば幸せではないか、と皮肉に考えてしまったことを思い出す。彼にそれを伝える必要は無いが、運命が2人を無残にも引き裂いたのは変えようのない事実だった。
いつかおとぎ話のように自分たちも語られる日が来るのだろうか。否、ノディオン王とその側近の物語が作られるなど有り得ないことだ。名前は視線を落とした。
「あの頃に戻ったとて、俺が選択を変えることはない。変わらずお前たちに剣を向けるだろう」
「今変えられるのだとしたら、あの時だって…きっと違う選択を出来たはずだもの」
「返す言葉もないな」
「それでも、此処では違う選択ができる」
シグルドとキュアンとエスリンが、セリスやリーフ、アレスが、近くで仲睦まじく笑顔を見せている。ラケシスがエルト兄様、と彼を呼ぶ。失ったはずの沢山の顔ぶれがこの国には存在しており当初は非常に困惑したが、今ではそれを当たり前のように受け入れている自分がいる。
あの頃に戻れたら何か変わるだろうか、と名前は夜空を見上げてその瞳に星を映した。
「後悔しているかと聞かれたら、していないとは言いきれないのが事実だ」
「ふふ…そうね。貴方が後悔していなかったら、そんな顔しないもの」
「そんな顔?」
「シグルド様たちを恨めしそうに見ているでしょう?」
「…そんなつもりは毛頭無いが」
少しムッとしたエルトシャンに、名前はくすくすと笑いながら冗談だと伝えた。シグルドと剣を交え、ラケシスにだいちの剣を渡し、背を向けたあの時。あれから彼らは一つも年をとることなく、この場所で再会した。最初はぎこちなかったものの親友だった3人は直ぐに打ち解け、今では士官学校時代のように気軽に話ができるようになった。当時とて立場や考え方の相違で上手くいかないことがあったというのに、今はすっかりその障壁は消失していた。
「こうして貴方と再び会えたことが夢で…いつか消えてしまうのではないかと…それでも、幸せなの」
「俺は、奇跡でも夢でも構わない。そうでも無ければ、名前とも会うことは無かっただろう」
「奇跡…ね」
「夢にしては随分と都合が良すぎるけどな」
夢だからいいんじゃない、と笑う名前の肩を抱き寄せてエルトシャンは空に輝く星を見つめた。星の神の逢瀬は叶ったのだろうか。この腕から伝わる体温が、感触が、嘘だとは到底思えない。かと言ってあの時処刑台に登って命を落としたことが事実でないというのは有り得ない。あれから先のアグスティの行方は何一つ知らないし、アレスやナンナから聞く話以外知ろうともしなかった。既に命を落とした自分がその先の世界を見ることはないし、必要も無い、というのがエルトシャンの信念になっており、それを知った息子たちも多くを語ろうとはしなかった。
「ねぇ、エルトシャン」
「何だ?」
「いつかこの奇跡が無くなっても…たとえ消えてしまっても、私は貴方を忘れることはないと思うの。いつまでもずっと覚えているわ」
「俺も…名前のことは忘れない」
「私のことも…シグルド様とキュアン様のことも、ね?」
なぜその2人が出てくるんだとエルトシャンが再び嫌な顔をするので、親友だからと名前は当たり前のように言うので彼は言葉を噤んだ。そう、親友だったのだ。道を分かつことになったとしても、命を奪い合う立場になったとしても、その友情だけは変わらない。そして、それは息子たちにも受け継がれていた。エルトシャンはシグルドとキュアンの姿を思い浮かべ、名前の肩を抱く腕の力を強めた。
「年に一度逢えるのと、今の状況、果たしてどちらが幸せなのだろうな」
「そう…ね。今のノディオンがどうなっているかは私にも分からないけれど、元の世界でアレス達に会いたかったというのはあるわ」
「それもそうだな。だが、年に一度だぞ?」
「あら?まるで貴方の中では答えは決まっているというような言い方ね」
名前は家を失った後ノディオンに来て彼と共に戦い、命を落とした。愛する者と過ごせた時間はそう長くはなかったが、名前達にとってそれは非常に大切な時間であり温かい思い出であった。雨の日も風の日もエルトシャンは名前の名前を呼び、彼女もそれに応えた。無論、グラーニェの存在は十分に理解していたため基本的には友人として、時折こうして恋人に近しいような距離で接していた。
シャガールの企てた計画によりエルトシャンは処刑され、彼に近い存在であった名前も混乱する中で乗じて消し去られたが、最早このアスク王国に2人を邪魔する者はいない。
「名前、俺は…あの戦いで全てを失った。それでも、俺を愛してくれるのか?」
「今更ね…私は何処へでもお供するとあの時伝えたでしょう?二言は無いわ」
「すまない。お前にはいつも苦しい思いをさせる」
「気にしないで。私が好きで貴方の隣にいることを選んでいるのだから」
夢だとしても、奇跡だとしても、星空の下のこの時間は2人だけのもので、誰にも知られることのない思い出。きっと天上の神たちも同じように過ごしているだろうが、1人としてその逢瀬を知るものはいない。
しっとりとした夏の夜は、静かに更けていく。
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