この世界には、前世の記憶がある人間がどれほどいるのか?考えたことも無い。他人にそこまでの興味はないし、どうだっていい。だが自分の中にある確かな記憶、確かな存在はそれが決して夢や妄想ではないと主張してくるように度々意識の中に浮上しては消える。断片的な映像ではあるが、船に乗り砂漠に赴き、神殿で戦ったのだ。ミラ様、セリカ様、よくその名を口にしていた、と懐かしい感覚が名前を襲う。

「ぼーっとすんな、死ぬぞ?」
「……ユーリスはなんの為に戦うの?」
「はぁ?お前、何言ってんだ突然。そんなん自分と仲間を守るためだろうが」
「自分と、仲間…ね」

そんなもの失くしたって生きていける。人は残酷な生き物だ。どんな近しい大切な人を無くしても、時が経てば笑顔になれる。いつしか忘れてしまうのだ。共に過ごしたあの時の思い出も、あの時の記憶も。
ユーリスは名前の様子がおかしいことに薄々気がついていたが、気が付かない振りをしていた。ここで声をかけたとて、彼女の自尊心を傷付けるだけで何も生まれはしない。まずは目の前の戦いを乗り切ることが先決だ、と彼は淡々と魔法を放つ名前を横目に剣を振るった。
戦いが一段落しても名前の心はここに在らずというような表情だったのが気になっていたが、バルタザールと話しているうちに見失っていることに気がついてユーリスは彼女の行きそうな場所をあちらこちら探していた。

「あ、ユリーじゃん。何してんの?」
「ハピ、名前見なかったか?」
「あー…うん。見たよ。墓地の方だったと思う。落ち込ん出るような気がしたけど、何かあったの?」
「いや、何も。あいつ、また考えすぎてんじゃねえかな」

ハピの言葉通り墓地へと向かうと、名前はぼうっとした表情でその石碑を見つめていた。それは最近立てられたものでもなく、ガルグ=マクに昔からあるもので、何故それを今更こんなにも見つめているのかユーリスには理解出来なかった。彼が近づいても気配に気がついていないようで、名前はピクリとも動かずただ何かに思いを馳せているようだった。

「何してんだ、こんなとこで」
「…なんの為に生きて、なんの為に戦うのか、分からなくなって。貴方の言葉を考えてたの」
「はは、そんなことか。お前は真面目だな」
「真面目…って、そうじゃなくて。大事なことだから」

確かに理由を探すことは大事かもしれない。だが、理由などなくても人は目の前の敵を倒すことは出来る。たとえその裏に相手の人生があったとしても、家族が、家庭があったとしても戦いに情は不要だというのが鉄則だ。誰が信頼できる者で誰が裏切る者なのか、そんな不確定要素は誰にも分からない。敵は倒す。ただそれだけなのに一体何を悩んでいるのか、とユーリスは名前を見つめた。

「大事なこと、か…」
「ユーリスにとって仲間って何?士官学校の人達が目の前に立ち塞がったら?私には難解すぎる」
「あー…お前、考えすぎなんじゃねえ?」
「それ、どういう意味?ハピにも難しすぎること言うねって言われた」

命を落として此処に埋葬されているのもおそらくかつての仲間、身命を賭して志を同じくして戦場に繰り出していくのも仲間、この士官学校で共に過ごしてきたのも、全て仲間だ。その中の何を大切にし、何に重きを置いて守るかは自分が決めること。ユーリスは当たり前のように自分が命の取捨選択をしていることを実感し、言葉を濁した。
純粋な名前に命を軽んじるような発言をするべきでは無いと思い、続きを促されても彼は答えを出すことから逃げていた。

「ユーリス」
「何だよ、まだあるのか?」
「私にとってユーリスは仲間だし、ユーリスもハピも仲間。それには自信があるよ」
「じゃあ、そういうことじゃねえの?」
「……ユーリスは逃げるのが苦手だよね。そうやって上手いことしてはぐらかそうとしてるの、分かるんだけど…」

そこは素直に受け取れよなとユーリスは呆れたように笑いながら名前の隣へ膝を着いた。その墓が誰の者かは彼の知るところではなく、がらんとした様子からも花を手向けに来たわけではなさそうだった。例えばの話なのだろう、ここに知っている者が入ったとしたら、という彼女の想像の話。

「お前の守りたいやつを守ればいいだろ?俺だってそうだ。戦いは遊びじゃねえからな」
「だからこそ、なのに…」
「それなら逆に聞くが、お前は全員を守れるのか?それも知り合った全員を、だ」
「全…員…」

彼女の言う前世の記憶というものはよく分からなかった。アビスの書庫でそれらしい文献を発見したが、戦争についての詳細な記載はなかった。だがそこに描かれた初代王のアルムの挿絵は自信に満ち溢れ、隣に立つセリカ王女もまた輝いていたのをユーリスはぼんやりと思い出した。あの頃の記憶が彼女にあるとは思わないが、名前自身がそれに悩まされているというのは明らかだった。

「分かってる、分かってるんだよ、頭の中では…」
「名前」
「何…?」
「考えすぎなんだよ。今俺の前にいるお前は名前だ。ソフィア王国の人間じゃない。お前はフォドラで生きてきた、そしてこれからも此処で生きていく。その中で最大限の出来ることを探せばいい。別にそれが戦いの間に見つかんなくたっていいんじゃねえか」

顔を上げた名前はユーリスの言葉に頷いて深く息を吐いた後に立ち上がった。フォドラで生まれ、フォドラで死ぬ。きっとそうだ。たとえこの戦いが終結してなお命があったとしても、別の世界で生きていくことは無いだろう。その中で出来ることは一体何なのか、おそらくその問いは尽きることがない。だが、たった一人の人間に出来ることなどごく僅かにすぎない。そういうことだろう、と名前はユーリスを見た。
考えすぎだと2回も言われて気が付かなかったのだ、自分で気付けるわけが無いと名前は空を見上げた。青い空に雲が流れていき、鳥たちが素早くその視界を横切っていく。人間はちっぽけだ。

「ミラ様は、」
「ああ…大地母神ミラ、だっけか」
「うん。世界を救ったの。ミラ様の加護があったおかげで、セリカ様はもう一度立ち上がることが出来た。たとえ私がそれを知っていてもミラ様にはなれない」
「人間ごときが神にはなれねぇよ」

そうだね、と言って名前は笑った。神になれないとしても、彼女の行動によって仲間がもう一度立ち上がれるようになるかもしれない。それはきっと彼女の望むことであって、彼女に出来ることなのだろうとユーリスは考えた。事実、彼自身名前によってこうして戦う意思を決めたのだ。既に歯車は回り始めている。

「ユーリス、ありがとう」
「俺様のお陰ってことで、飯食いに行こうぜ」
「その言い方はなんか嫌。普通に行こうよ」
「ははっ、なんだよそれ」

たとえ明日上手くいかなくたって、明後日出来なかったとしても、素晴らしい魔法と優しい心が織り成すこの先は未来は明るいはずだ。何が正しいかなんて誰にもわからない。正解なんてない。後悔しても明日は来てしまう。

「私、頑張るね」
「ああ、お前のことはこの俺様が責任もって見ててやるよ」
「…要りません」
「ひっでえな、世の女が聞いたらひっくり返るぜ?」
「じゃあハピに同じこと言ってよ。『ユリー、言う相手間違ってない?』って絶対呆れ顔されて終わる」

想像しか出来ねえ、と二人は笑いながら食堂へと向かった。此処で生きていく覚悟が無かったのかもしれない、と名前はユーリスと話しながら思った。フォドラの戦いもどこか他人事で、自分は巻き込まれただけだ、と。でも違う。この地を、この時間を守りたいと思うのは、紛れもなく自分自身だ。
絵空事でもいい、自分の力でこの世界を守れるようになりたい。この世界にいないだろう神に祈りながら、名前は彼の隣で空を見上げた。