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目が覚めると夜空が広がっていた。何故ここに眠っているのだろうと思考を巡らせると、そういえば敵に狙われて弓が飛んできて、塀の向こうからは魔法が飛んできて、と思い出し始めたところで体の痛みが徐々に感じられてきた。どうやらこの痛み、死んだわけではなさそうだがここまで体が動かせないということは軽傷でもなさそうだ、と名前はため息を吐いた。
近くに誰かいないものかと懸命に眼球をぐるりと動かすも、如何せん暗くて良く見えない。野営の場所はこちらではないようで、ぼんやりとした灯りも見当たらない。困った、と名前が痛む体を動かし始めると、頭上から声が掛かった。
「お、気が付いたか」
「う…」
「待て待て、起き上がるな。傷口が開くだろ」
「ライ…私は…」
「敵にやられて気失ってたとこを、ジルが拾ってくれたんだと」
ライは軽々と木の上から飛び降りて見せて彼女の元へと足音も立てずに歩み寄った。そちらを見ることしか出来ないのがもどかしく、名前は軋む腕を上げて彼の方へと伸ばした。弓はまだしも魔法を食らったからこんなにも全身が痛いのかと間近で見た雷の魔法を思い出していると、その手はライに包まれた。
「無事で良かった」
「…ごめんなさい」
「焦ったぜ、お前が居なくなったかと思ったんだ。何も言えず、何も伝えられないまま」
「ライ…?」
やっぱり今のは無し、と彼は笑ったが名前はその言葉を頭の中で反芻させていた。彼は一体何を伝えようしたのだろうか。そんなに困ることがあっただろうか、と思うも自分に都合の良いことしか思い浮かばない。そんなはずない、彼は次期ガリア王に仕える者だ、下らない妄想は忘れるんだと言い聞かせて彼の言葉の続きを待っていると、握られた手の力が強まった。
「意外と無茶だよな、名前も。あんな場所に単騎突入するなんて。まるでアイクだ」
「そ、それは…」
「油断してたのか?」
油断はしていたかもしれないが、一応覚悟して突入はしていた。誰かが通らなくては後が続かない道で、魔法にも物理攻撃にもある程度耐えられるつもりでいたのだが、現実はそう甘くはなかった。自分の推測が誤っていたこと、周囲に迷惑をかけたであろうことが虚しく、名前は口を閉じてライから目を逸らした。
そんな彼女の心情を理解してか、片手を繋いだままライは彼女の頭を優しく撫でた。自己犠牲の成れの果てが最悪の形でなくてよかった、と安堵しながら。
「もっと強くなりたいよ、皆を守れるように」
「これ以上強くなってどうすんだ。名前はそのままがいいんだよ」
「今回は私だけの怪我で済んだけど、私のせいで誰かが傷つくのは嫌なの。せっかく…せっかく、仲間になれたのに」
「仲間、なぁ…」
種族が違うからいがみ合い、牽制しあい、挙句の果てには殺し合う。ベオクとラグズはそうしながら長い間絶妙なバランスを保ってきた。彼女はその中で生きる中途半端な存在。たとえラグズの中でライが浮いているとしても、彼女のそれとは全く違う。ラグズを母として愛したベオクの行き場は一体何処にあるのだろうか。変わり者のラグズの愛を受けた彼女の行き着く先は。
「何処かへ逃げるか」
「えっ…何言ってるの」
「俺とお前のこと、ラグズとベオクのこと、何も知らない世界にさ。そしたらもっと…」
「ライ、私は此処で生きていきたい」
このテリウス大陸の他にも様々な大陸があり、そこでは全く別の人達が生きていて、争いを繰り広げている。逃げたとして、向こうで幸せになれるかの答えが出ることはない。だが、今直面するこの問題にも立ち向かえないようなら、きっと何処へいっても同じだ、と名前は思った。アイクやミストや、レテやモゥディが受け入れてくれるこの場所があるのに、敢えて此処を捨てていくなど出来るはずがない、と彼女はライを真っ直ぐな瞳で射抜いた。
「はは、名前ならそう言うと思ったぜ」
「私のこと、試したの?」
「そう怒んなよ。逃げようって言ったのは本心だけど、お前なら首を縦には振らないと思ってさ。俺も此処で最後まで見届けたいし…な」
「ライはいつもそうやって…」
痛む体を無理矢理起こそうとしたらライに止められる変わりにその体ごとすっぽりと彼に包まれた。優しく温かく、少し獣の匂いがする。母はヒト型で名前に接していたので母の化身した姿を見ることはなかったのだが、夢の中で柔らかい毛並みに包まれていたのを名前は突然思い出した。今思えば、ベオクの匂いに気が付かれないために必死に考えてくれていたのだろう。
名前はライの背中に手を回し、ベオクよりも熱い体温が心地よく目を瞑った。
「名前」
「何?」
「無理も、無茶もしないでくれ」
「…難しいお願いだね」
「俺はお前を失いたくない。側に居たいんだ」
懇願するかのようにライは抱き締める腕の力を強めた。いつか別れが訪れるとしても、その別れがこの戦争中などというのは断固として反対だった。彼女が強くなりたいと願えば願うほど、彼女の行く先は茨の道になっていく。ラグズに必要とされたい、ベオクに認められたい、その純粋な心で求める力だからこそライは憂慮していた。
力を付けて活躍すればするほど、ベオクもラグズも彼女の立場を利用して上手く立ち回ろうとするに違いない。ライはその未来を想像して逃げようという言葉を選んだのだった。
「分からないよ、ライ。私はどうしたら皆と同じになれる?アイクみたいに強くなりたい」
「アイクみたいになんのは無理だろ。いいって、名前は名前だ。それに、お前のことは俺が守る。それ以上に何かあるか?」
「じゃあライは?ライのことは誰が守るの?」
「俺のことは…そうだな…」
顔を上げてライの顔を見ようとしたが彼によって後頭部は固定され、表情を見ることは出来なかった。彼と対等になりたい、好きな人ひとり守れずに綺麗事など言いたくない。自分の弱さは自分で分かっているからこそ、諦めたくなかった。まだまだこの世界は広い。
「私はライが思うほど弱くないよ」
「そうかもな、名前は俺が思ってるより強いかもしれない。でも、俺にもう少し花持たせてくれてもいいだろ?」
「花?」
「ああ…名前のこと、守らせてくれよ」
明日また会えるように、傍で見守れるように、この温もりを忘れないように。ライは夜風に目を瞑って名前の髪へと口付けた。
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