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連れ出された先で催されていた祭りは心を幾分か穏やかにした。活気に溢れ、人々は笑顔を弾けさせて楽しげな様子を見せている。此処であれば気を張り巡らせなくても大丈夫かもしれない、とアリオーンがふうっと息を吐くと、隣の名前がやっとアリオーンの眉間のしわが取れたと笑った。
「私はそんなに思い詰めた顔をしていたか?」
「ええ、それはそれは」
「揶揄うな、名前」
「だって貴方いつもそうやって難しい顔ばかりしてるもの。気になるに決まっているでしょう?」
それは、とアリオーンが言葉に詰まらせると名前は再び笑いながら彼に腕を絡ませて歩き始めた。辺りには屋台で焼かれている食べ物の匂いが漂っており、それらにアリオーンは珍妙な面持ちで目を向けていた。あれはどう、これは、と指をさす名前の先の催しを見ては説明を求め、その度に彼女は楽しそうに目を細めて答えていた。
彼女がトラキアに来たのは最近のことで、最初は脳天気な彼女を邪険に思っていたアリオーンだったが、底抜けに明るい名前と一緒にいると悩むことが滑稽に思えて段々と気持ちが楽になってきたのを感じていた。
「ほら見て、すごいわアリオーン!果物を飴で包んでいるのね」
「食べたいのか?」
「じゃあこれを1つずつ食べましょう?ふふ、キラキラしていて綺麗ね」
「世の中にはこんな物があるのだな」
受け取った串刺しの苺に飴が塗装されたそれはいちご飴と言うらしく、まじまじと手元のそれを見つめるアリオーンの腕ごと掴んで名前は串を自分の口元へと持っていった。
ぱくりと頬張ると、んーっと串を口から外し、カリカリ、シャクシャクと音を立てて飴といちごを堪能している。ニッコリと笑うその満足そうな顔に、アリオーンもそれを歯で器用に串から外して口に入れた。甘い飴を噛み砕くと、内側から甘酸っぱいいちごがじゅわりと顔を出し、果汁と果肉と飴で口内は充たされる。確かに面白いものだと思いながらアリオーンが口を動かしていると、名前が期待した瞳でどう?と聞いてくる。
「ああ、面白い食べ物だな」
「でしょう?美味しいでしょう?」
「名前はいつも楽しそうだが、今日はいつもに増して楽しそうに見える」
「当たり前よ、アリオーンと一緒にお祭りに来れたのだもの。私、それだけでとっても嬉しい!」
いつも苦しい顔ばかりしてるから、と笑う名前に釣られてアリオーンも眉尻を下げた。彼女は自分の分まで笑っているようだ、といつしか思うようになっていた。トラバントがアリオーンやアルテナに厳しく当たった際も、それこそ彼女自身が王に烈々たる言葉を浴びせられた後も、アリオーンやアルテナの前ではいつも楽しそうに、元気に振舞っていてくれていた。
彼女こそ疲れているのではないか、とアリオーンはこちらを見る丸い瞳に吸い寄せられるように手を伸ばした。
「アリオーン、大丈夫?」
「何だ?」
「少し考え込んでいるようだったから。慣れないお祭りに疲れてしまった?」
「いや…違う。お前の方が疲れているのではと思ったのだ。名前は…いつもそうしているだろう、気を張りつめていないか?」
彼の言葉に名前はふふっと笑っただけで何も答えなかった。否、それ以外に応える術はなかった。この笑顔が偽物だと彼らに勘づかれてしまうほど悲しいことなどない。だからこそ楽しいこの場所に彼を連れてきたというのに、それが逆効果なんて、と自嘲気味に名前は笑ったが、アリオーンはその笑みの正体には気が付かなかった。
「ね、その残り1つ、私に頂戴?」
「ああ」
「ありがとう。ふふ、これ本当に可愛いわ」
「残念ながら取ってはおけぬからな。食べる以外に選択肢はない」
それを明かりに翳すと、飴がキラキラと光を反射して輝く。彼女が何処の出で、何故トラキアに来たのか父から語られることは無かった。ただ一つ伝えられたのは、優秀な魔法使いであるということ、それだけであった。とはいえ出自を聞いてもはぐらかすだけで彼女の口からも一切語られることはなく、いつしかアリオーンも名前について調べるのをやめた。
彼女が来てからというもののトラキアは少しだけ明るくなった気がしたし、兵士たちにも活気が戻ったように感じたからだ。
「思い出に取っておけないのが本当に残念ね」
「何か欲しい物があれば買ってやるが…そうではないのだろう?」
「あら、鋭いじゃない。そうよ、物が欲しいわけじゃないの。ただ、楽しいことを取っておきたいだけ」
「楽しいこと…か」
そうよ、と名前はぱくりといちご飴にかぶりついて、ズズっと串を抜こうと奮闘している。もう少し浅く噛まないと動かないと言いながらアリオーンも手伝って、それはやっと彼女の口の中に収まった。口元には飴の欠片がいくつも着いており、彼はそれを見て思わず笑みを零した。
「なに?」
「いや…口の周りが大変なことになっている」
「とってくださいよぉ」
「お前が食べ終わったらだ。ほら、口を開けて話すな」
カリカリと規則的に飴を噛む音が聞こえる。小さい口に頬張ったそれは、彼女の頬を膨らませてまるで小動物のようだ、とアリオーンは名前が喉に詰まらせないよう立ち止まって彼女が食べ終わるのを待った。
そして、幸せそうにそれを食べる名前の言葉を思い出す。楽しいことを取っておきたい、その真意は何なのだろうと考えても、彼女のことを何も知らないことに気がつく。
「アリオーン。私、とても楽しいわ。貴方が笑ってくれて嬉しいし、楽しいの。貴方は?どう?」
「ああ、私も楽しいさ…きっと、お前が側にいるからだ、名前。お前はいつも、その笑顔で私を救ってくれるのだな」
「まだまだ足りないくらいよ。貴方の心は…」
「私が、なんだ?」
何でもない、行きましょう?と腕を引く彼女の口元には相変わらず飴が付いていて、彼はそれに手を伸ばした。一つ取って口に運ぶと、先程の甘い飴の味がする。キョトンとして彼を見る名前を愛しく感じ、アリオーンは彼女に精一杯の微笑みを返した。
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