仲間たちと楽しんだ祭りもまもなく終わりへと近づいており、酔い潰れている者やどこかへ消えた者、既に就寝した者など、人もまばらになっていた。夜空には変わらず星々が爛々と煌めいて、レオナルドはすぐに見上げた頭を元に戻した。世界がどうなっても変わらない空は皮肉だ、といつしか思うようになった。誰が命を落としても、国が滅びようとも、空は変わることがない。酒と食事の匂いに飽き飽きした彼もその場から離れて落ち着こうと腰を上げたところ、不意に名前を呼ばれて振り向いた。

「名前さん」
「こんな時間に何処へ?」
「少し風に当たろうと思いまして」
「そう、私も一緒に行ってもいい?」

レオナルドが頷けば名前はありがとうと行って彼と共に歩み始めた。特に行く宛てがあったわけではなく、彼女を連れてどうしたら良いのかと彼が困っていると、そんなレオナルドの様子を察したのか、今日は晴れてよかったね、と名前が声をかけた。
彼女とするのはいつだって他愛もない会話だった。特段親しいわけでもなく、かと言って全く接点がないわけでもない。同じ弓使いとして時々話すことはあれど、深入りしないというような関係だった。

「そう…ですね。せっかくの宴ですし、晴れて良かったです」
「あまり浮かない顔だけど、楽しくなかった?」
「いえ、そういう訳では…」
「これからが本番なのよ。戦争が終わったこれからが、ね」

名前はそう言って倒木の上に腰掛けて空を見上げた。レオナルドも少し距離を置いて座り、同じように再び星空を瞳に映す。彼女の言うことの意味は理解していた。戦いの後に勝利した方がこの国を、大陸を変えていかねばならない。敗戦した国、荒廃した土地、別の種族とどう付き合うかも、全て彼ら次第だ。それで世界は変わる。レオナルドにはまだその実感がなく、自分の未熟さや小ささに情けなくなることも少なからずあった。

「考えすぎじゃない?」
「それは…一体どういう意味でしょうか」
「そんなに沢山のものを背負う必要は無いということ。一人で背負ったところでどうにもならないでしょう?」
「…分かっているつもりです。僕一人では…何も出来ませんから」

月明かりに照らされたその場所で、名前が指を差した先へ視線を移すと、大きな向日葵が重そうな頭を地面へ向けていた。花びらにも生気はなく萎びているところから、既に枯れ始めていることがわかる。彼女がその花を見るように仕向けた意図が分からずレオナルドが名前の様子を確認すると、物憂げな表情を浮かべてその花を見つめていたので彼も再び向日葵を見つめた。
人と同じくらいの背丈まで伸びた大輪の花は夜の帳とともに眠るというのを聞いたことがある、とレオナルドは昔に読んだ文献を思い出す。そこで初めてあの花が枯れていないことに気がついた。

「必ず朝は来る。その時に太陽を探せなければ、あの花は本当の意味で萎れてしまう」
「太陽の方角を向く花、ですよね」
「流石レオナルド。知っていたのね」
「いえ…以前文献で読んだことを思い出しただけです」

健気な花、と名前が呟くのでレオナルドも彼女と同じことを思った。一輪だけぽつんと咲いているそれはとても目立つ筈なのに殆ど気付かれることがないから不思議なものだ、と。
2人が口を噤むと、辺りには静寂が訪れる。月明かりに加えて虫たちや梟の鳴き声に包まれ、まるで別世界に来たような感覚に陥る。戦いが終わったことも影響しているのだろうとは思いつつ、耳を澄ましても剣がぶつかる音や弓がしなる音がしないことに安心している自分がいるとレオナルドは思った。

「レオナルド、貴方はよく戦った。自分の力に誇りを持って」
「えっ…」
「まだ自信が無いように見えたから。お節介だったらごめんなさい。でも、今ここでこうして宴に参加している者たちが勝利して、生き残った」
「そう…ですね」

勝者の務めを果たす義務がある、というような言い方だと彼は感じた。だが彼自身何処へ進めばいいか未だに明確に分かっておらず、ぼんやりとデインの復興をしなければという気持ちは持っている程度だった。彼女は流浪の弓使いで、出生等のことは聞いたことがなかった。否、自分が過去をいたずらに話したくないから聞かなかっただけだが、他の者が知っている可能性はある。今まであんなにも近くで戦っていたはずなのに、今も手を伸ばせば届くほど近くにいるのに、決意を宿した瞳を向ける名前が遠く感じた。

「名前さんはこれからどうするんですか?」
「私は、ああいう萎れた向日葵のような人に水をあげて回ろうと思う。もう一度顔を上げられるように、もう一度立ち上がれるように」
「もう一度…」
「レオナルドは?どうするの?」
「……僕は、デインの復興を手伝おうと思っています」

あの向日葵を見つめていたのは、そういうことだったのかとレオナルドは彼女の視線の意味に気がついた。戦争で親を失った子供たち、傷ついた人々、行き場を失ったラグズ達。名前はきっとラグズもベオクも関係なく、見返りを求めることなく助けてしまうのだろう。レオナルドはそんな彼女の姿を安易に想像し、自分もそうなりたいと思った。

「デインもベグニオンも、きっと今までとは全く違う国になるでしょうね」
「はい、そうですね。きっと」
「そしてベオクとラグズが本当の意味で手を取って歩いて行ける未来がやってくる。楽しみね!」

名前の笑顔に、レオナルドはぎこちなく頷いて答えた。レテやリアーネに二度と会えないなんて悲しいから、ガリアとゴルドアへ辿り着くまでには変わっていて欲しい、と彼女はまだ見ぬ未来の世界へと心を弾ませているようだった。
世界が簡単に変わるとは思えない。その地に生きる人々の感覚や染み付いた習慣を覆すのは難しいものだ。だが、彼女の純粋な気持ちを無下にするわけにもいかず、レオナルドは返答に困ってはぐらかした。

「下ばっかり向いてると本当に萎れてしまうよ?」
「そうですね。勝者の務めを果たさないと」
「レオナルドは気負いすぎだよ。大丈夫、貴方はもう一人じゃないから」

その言葉に、レオナルドは共に戦ってきた仲間の姿を思い浮かべた。辛く苦しい時も近くで鼓舞し合いながら此処までやってきて、勝利をもぎ取った。たとえ遠い地に離れるとしてもその絆が切れることは無いと名前は確信していた。だからこそ今があるのだ、と。

「いつかデインにも来るね」
「待ってます。名前さんがまた此処へ来る時までに、デインも僕も成長できるよう努めます」
「またこの季節に会おう」
「はい。次はこの花が咲いている時間に」

微笑んで手を差し伸べる名前に対し、レオナルドはその手を固く握った。果たされるその時まで有効な約束を込めて。