林檎を持って佇む彼を見て体が硬直した。噂のあれだ、と私が出来るだけ視線を合わさないように気付かれないようにして側を通ろうとすると、残念ながら声がかかった。

「こんにちは、名前さん」
「…トーマス」
「そんなに嫌そうな顔しないで下さいよ、余計にやってほしくなっちゃいます」
「あのね、確実じゃないなら危ないからやめ……ってちょっと!トーマス!」

やめてと言おうした瞬間に手を引かれ、指定の場所と思われる木の近くに連れていかれた。見て見ぬふりをするミディア、頑張れと若干哀れな視線を投げかけてくるボア様。誰一人助けてくれそうな人は見当たらない。致し方なく私は楽しそうな当の本人へ声をかけた。

「あの、トーマス」
「何でしょう?」
「私で最後にしてもらえる?こんなことをするのは…」
「えっ、そんなにお望みだったとは!声をかけてくれさえすればいつでも…!」

だから、違うってば。私はため息を吐いてもう一度説明しようと思ったが、あまりに嬉しそうな彼の表情を見て諦めた。次にお願いされた時は何としてでも理由を付けて断ろう。

「ん?どうかしましたか?」
「何でもないの。いい?絶対に外さないでね!」
「あはは、私が外すとお思いですか?」

全く、それでは何のために皆さんに協力していただいたのか分かりませんよ。とトーマスは笑った。当の私は彼の言いたいことが分からず困惑した。
マルス様に恩返しするためというのは聞いていたが、それだけでは今の台詞は噛み合わない。不本意だったが真意を聞くと、何を言ってるんですか、と切り出された。

「もちろん、名前さんを守るためです」
「なぜ私を?」
「そんなの、私があなたのことを好きだからですよ」

私は目を見開いた。恋愛にはそう疎くないはずだったのだが、彼の気持ちに今まで全く気が付かなかったのだ。すると戸惑う私の手をトーマスがしっかり握った。

「だから、外す訳ないんです」
「…もし仮に、外したら?」
「あなたは私の一撃くらいで死ぬことはまずありませんから、大丈夫でしょう」

当人はけろっと当たり前のように言っているが、正直意味がわからない。
普段の敵は頭を狙わない。それは的が小さいからだ。頭を狙って外すのと、心臓を狙って他の場所に当たるのとでは相手に与えるダメージの大きさは変わってくる。
だが、彼は違う。的確に当てる技量があるからこそ、少しの狂いが命取りになる可能性がある。つまり、彼の能力を知っているからこそ皆は怖がるのだ。

「なんて、冗談です」
「え?…因みに、どこから?」
「あなたの頭に林檎を置いて試すと言ったところからですかね」
「何…それ…」

脱力する私を見てトーマスは笑った。自分の好きな人を傷付けようなんて、所謂ヤンデレじゃないんですから。と意味深なことを言っていたが、もはやそれはどうでも良かった。
しかし改めて考えてみると、これは彼からの告白も取り消されているかもしれないということに気が付いた。

「トーマス、あなたが私のこと…その……好きだというのも冗談…なの?」
「まさか!流石の私でもそんなことを冗談で言ったりはしませんよ」

そういえば、過去を振り返ってみると確かにトーマスは側にいた気がする。戦いの中では、突っ走りがちな私を陰ながら助けてくれていた。また、休息の間は私に林檎を放り投げたり冗談を言ったり、時を共にしていたことを思い出した。

「あなたが振り向いてくれるまで、私は強くなります。それが私の強くなりたい理由です」
「トーマス……」
「さあ、行きましょう。皆さんが心配しているでしょうから」

そう言って手を差し出した彼は、今までで一番格好良かった気がする。その手をとった瞬間、私はふわりふわりと揺れる緑色の髪を追いかけることとなった。